
東口本宮冨士浅間神社
東口本宮冨士浅間神社 静岡県駿東郡小山町須走126
東口本宮冨士浅間神社は、静岡県駿東郡小山町須走にある神社。旧社格は県社。
全国にある浅間神社の一社。富士山須走口登山道の起点に鎮座する。登記上の宗教法人名称は冨士浅間神社で、須走浅間神社とも称される。
平安時代初頭・延暦21年(802年)、富士山東麓が噴火をしたため、須走に斎場を設け祭事を行い鎮火の祈願を行った。それにより同年四月初申の日に噴火が収まったため、大同2年(807年)に鎮火祭の跡地に、報賽のため社殿を造営したと伝えられている。
平成25年(2013年)、富士山が世界文化遺産「富士山-信仰の対象と芸術の源泉」として登録された際、構成資産の1つとして世界文化遺産に登録されている。登録名称は「冨士浅間神社」である。
=== Wikipedia ===
御朱印
境内案内
太鼓橋
信しげの滝・社号標
大鳥居
🔸大鳥居🔸
表参道にある石製の大鳥居。明治33年(1900年)に氏子より寄進されました。扁額には「不二山」の文字が刻まれており、「二つとない(不)素晴らしい山=不二山・富士山」という意味です。
奉雷の杉
富士山火山弾
表参道
手水舎
富士塚の狛犬
🔸富士山の狛犬🔸
境内中央、随神門前の両脇にある狛犬。 昭和7年(1932年)7月に山三元講より寄進されたもの。 富士塚を模した岩場の上に「獅子はわが子を千尋の谷に突き落とす」という、「獅子の子落とし」の諺を倣った親子の狛犬が3匹います。
随神門
🔸随神門🔸
表参道の中ほどに位置する神門。本殿同様に宝永の噴火で壊れたが、当時この地方を治めていた小田原藩主・大久保加賀守によって再建されました。
表の両脇には、随神(門神)・櫛岩間戸神と豊岩間戸神が鎮座し、裏の両脇には例大祭で担がれる富士山神輿が二基納められています。扁額「國威震燿」は日清戦争の戦勝と兵士の健康を祈念し、神道扶桑教=富士講・村上藤丸講により寄進されたもので、文字は小松宮彰仁殿下に依るものです。
末社
社護神社・恵比須大国社
手水舎
拝殿・幣殿・本殿
本殿・幣殿・拝殿が一体となっている権現造。現在の社殿は富士山・宝永の噴火後に再建された当時の遺構をそのままに修復・修繕を行ってきたものです。
その後も屋根の葺替えや修繕などが行われてきましたが、昭和33年(1958年)の修繕に際して屋根が千鳥破風に変更されました。
平成19年(2007年)の御鎮座1200年際に際し、記念事業の一環として大修理が行われ、同21年(2009年)に竣功して現在に至ります。外観はその際に整備され、塗装には大々的に漆が使われています。
尚、社殿の一部機構には江戸期の木材がそのまま流用されていることが確認されており、平成18年(2006年)には小山町有形文化財に指定されました。
拝殿
拝殿 扁額
本殿
木彫りの十二支
根上がりモミ (縁結びの木)
境内図
社号標
裏鳥居
⛩️⛩️⛩️⛩️⛩️





































