断捨離
なみだはモノが捨てられない。
捨てた途端に必要になって「あ~、捨てなきゃ良かった!」ってなるのが嫌だから。
それは人付き合いについても同じで
例え今の自分に必要だと思えない相手であっても
相手がなみだを必要としてくれるなら、ちからになりたいと思う。
切れない縁には何かしらの意味があるとも思うから
裏切られても、傷つけられても、背中を向けて去って行っても
「なみだはずっとココにいるからね」って言ってあげたい。
それはおそらく自分が同じような状況に立ったとき
そうしてくれる人がいればいいなぁという、なみだの理想像なのだろう。
ただ、そこんところのペース配分がヘタクソすぎて
自分や家族が後回しになることもしばしば。
これは相手が悪いのではなく、いろんなことを均等に頑張れない自分の問題。
そんななみだを見るにつけ、家族や友達は口をそろえて
『そんな人と、どうして付き合いをやめないのか理解できない』
と、なみだを責める。
周囲にそう言われちゃうような友達を数人持っている。
皆それぞれに根深く重く救いがたい問題を抱えて踏ん張ってる。
自分自身とオーバーラップするのか、そういう人を放っておけない。
それもおそらく自分が「あたしのことは放っておいて!」と反抗期ヨロシクな態度をとっても
目を覚ませと叱ってくれる友がいればいいなぁという甘えた理想・・・なのかな。
所詮なみだごときには持ちきれない荷物なのだろう。
所詮なみだごときが救える人なんていないのだろう。
それは薄々わかっているから、何の解決も手助けすら出来ないけど
ずっと傍にいて真摯に向き合うことだけはできるよって言い続けてきた。
そしてそれは相手のためだけでなく
自分を救うことにも繋がるはずだと思っていた。
完璧なんか求めてない。
だってなみだ自身が完璧とは程遠い、とても未熟な存在だもの。
意見が食い違ってもかまわない。
時には人が聞いたら呆れるほど些細なことで、ケンカだってするだろう。
でもそれは互いが互いに関心をもっているからこその衝突。
もっと言えば、互いに期待して甘えているからかな。
互いの存在を肯定し、尊重し、信じていることが大前提だと思ってる。
だからなみだは、避けられたり無視されたりってのがダメなんだ。
なみだの存在自体を「なかったこと」のように扱われると
その相手を大切に思う気持ちが急速に冷める。
どんな理由があるにせよ、ガッツリ絡んで来てた人が
ある日突然、何の説明もなく意図的に避けたり無視したり
そういうのは精神的に消耗するし、非常に腹立たしい。
理由があれば「いじめ」は許されるのかっていう、アレと同じ感覚。
そういうことも多々あった相手を許して一緒にいるのは
なみだも多くのこと許してもらって今があるとわかってるから。
どちらか一方だけが悪いなんてケンカは滅多にない。
第三者のジャッジは「お互い様」ってことが大半。
そんなこんなで10年近く一緒にいた女友達と切れた。
何度も離れては寄り添ったけれど
もう今は、彼女の周囲になみだの代わりなんていくらもいる。
いや、むしろそれ以上か。
迎合的で優しい友達に囲まれて幸せに過ごして行けるだろう。
もうなみだでは何の役にも立たないよ。
不変なモノってないじゃない。
進歩だって変化。
成長だって変化。
何事も日々変わっていく。
人間関係もしかり。
これでいいのだと思う。
降ろしたくても、降ろしたくても、どうしても降ろせなかった重たい荷物。
10年目にしてやっと降ろせた。
相手もスッキリしたんじゃないかと思う。
器用に上手に立ち回れないのなら、せめてもう少し自分本位に行かなきゃだな。
良くも悪くも人(特に男!)に依存しすぎる傾向が強いので
今後は自分を猫かわいがりし、ワガママに生きます(笑)
これからは断捨離で行くかな。
⋆⊱ℵ♔ℵ⊰⋆ END ⋆⊱ℵ♔ℵ⊰⋆
捨てた途端に必要になって「あ~、捨てなきゃ良かった!」ってなるのが嫌だから。
それは人付き合いについても同じで
例え今の自分に必要だと思えない相手であっても
相手がなみだを必要としてくれるなら、ちからになりたいと思う。
切れない縁には何かしらの意味があるとも思うから
裏切られても、傷つけられても、背中を向けて去って行っても
「なみだはずっとココにいるからね」って言ってあげたい。
それはおそらく自分が同じような状況に立ったとき
そうしてくれる人がいればいいなぁという、なみだの理想像なのだろう。
ただ、そこんところのペース配分がヘタクソすぎて
自分や家族が後回しになることもしばしば。
これは相手が悪いのではなく、いろんなことを均等に頑張れない自分の問題。
そんななみだを見るにつけ、家族や友達は口をそろえて
『そんな人と、どうして付き合いをやめないのか理解できない』
と、なみだを責める。
周囲にそう言われちゃうような友達を数人持っている。
皆それぞれに根深く重く救いがたい問題を抱えて踏ん張ってる。
自分自身とオーバーラップするのか、そういう人を放っておけない。
それもおそらく自分が「あたしのことは放っておいて!」と反抗期ヨロシクな態度をとっても
目を覚ませと叱ってくれる友がいればいいなぁという甘えた理想・・・なのかな。
所詮なみだごときには持ちきれない荷物なのだろう。
所詮なみだごときが救える人なんていないのだろう。
それは薄々わかっているから、何の解決も手助けすら出来ないけど
ずっと傍にいて真摯に向き合うことだけはできるよって言い続けてきた。
そしてそれは相手のためだけでなく
自分を救うことにも繋がるはずだと思っていた。
完璧なんか求めてない。
だってなみだ自身が完璧とは程遠い、とても未熟な存在だもの。
意見が食い違ってもかまわない。
時には人が聞いたら呆れるほど些細なことで、ケンカだってするだろう。
でもそれは互いが互いに関心をもっているからこその衝突。
もっと言えば、互いに期待して甘えているからかな。
互いの存在を肯定し、尊重し、信じていることが大前提だと思ってる。
だからなみだは、避けられたり無視されたりってのがダメなんだ。
なみだの存在自体を「なかったこと」のように扱われると
その相手を大切に思う気持ちが急速に冷める。
どんな理由があるにせよ、ガッツリ絡んで来てた人が
ある日突然、何の説明もなく意図的に避けたり無視したり
そういうのは精神的に消耗するし、非常に腹立たしい。
理由があれば「いじめ」は許されるのかっていう、アレと同じ感覚。
そういうことも多々あった相手を許して一緒にいるのは
なみだも多くのこと許してもらって今があるとわかってるから。
どちらか一方だけが悪いなんてケンカは滅多にない。
第三者のジャッジは「お互い様」ってことが大半。
そんなこんなで10年近く一緒にいた女友達と切れた。
何度も離れては寄り添ったけれど
もう今は、彼女の周囲になみだの代わりなんていくらもいる。
いや、むしろそれ以上か。
迎合的で優しい友達に囲まれて幸せに過ごして行けるだろう。
もうなみだでは何の役にも立たないよ。
不変なモノってないじゃない。
進歩だって変化。
成長だって変化。
何事も日々変わっていく。
人間関係もしかり。
これでいいのだと思う。
降ろしたくても、降ろしたくても、どうしても降ろせなかった重たい荷物。
10年目にしてやっと降ろせた。
相手もスッキリしたんじゃないかと思う。
器用に上手に立ち回れないのなら、せめてもう少し自分本位に行かなきゃだな。
良くも悪くも人(特に男!)に依存しすぎる傾向が強いので
今後は自分を猫かわいがりし、ワガママに生きます(笑)
これからは断捨離で行くかな。
⋆⊱ℵ♔ℵ⊰⋆ END ⋆⊱ℵ♔ℵ⊰⋆