こんにちわ。皆さんお変わりありませんか?コーネリアスです。今回は、教育に関し戦前まで存在していた『教育勅語』というものについて語ってみたいと思います。今日我々は、日本人である以上、3つの義務があります。勤労、納税、そして教育です。そう、教育というのはいわゆる『国民の三大義務』の一つです。なので、義務教育なるものもあるわけですね。我が国が本格的に教育に力を入れ始めたのは、明治になってからです。この時代から義務教育なるものがスタートしています。但し、江戸時代も私は見過ごせないと思っています。確かにあの時代、義務教育は未だ存在していませんでしたが、日本各地で実施されていた、寺子屋での子供に対する教育は、非常に実践的で、且つ道徳心などもしっかりと教え込んでいた事から、世界的にみても大変レベルが高かったと思います。この辺の事は、幕末来日した多くの欧米人が一様に口を揃えて語り、驚いていたところですね。日本の一般庶民の識字率の高さ、道徳心の高さね。私は、明治になって国が義務教育を始めても、国民がすんなりこれを受け入れ、実にスムーズに公教育がスタート出来た裏には、この江戸時代からの寺子屋教育の影響があったと思っています。江戸時代にある種そうした経験を積んでいたので、スムーズに移行出来たんだと思います。

国民教育を非常に重視されていた明治天皇

 

 さて、こうしていわゆる公教育というものが始まるわけですが、この時、国から国民全員へあるメッセージ的なものが示されます。これが、『教育勅語』と呼ばれるもので、メッセージの発信者は、なんと明治天皇でありました。明治天皇御自ら、国民に対し、近代日本の教育というものの基本方針をお示しになったものだったのです。ここで使われている『勅語』という言葉は、天皇が口頭で発する公務上の意思表示という意味がある為、教育勅語を読んでみると、確かに明治天皇が当時の国民に語りかけるような文章になっています。因みに、明治天皇というお方は教育に大変関心をお持ちで、今後の近代日本にとっては軍事、経済も確かに大事だが、それが為にも先ず人財の育成教育これが不可欠だ、という強いお考えがあったようです。実際の文章そのものの起案者、作成者は帝国憲法の作成者であった、明治の天才官僚、井上毅でした。作成後陛下にお目を通して頂き、公布の許可を頂いた後、広く国民に示されました。以下に教育勅語の現代語訳を記します…

教育勅語

 

★教育勅語(現代語訳)          国民道徳協会による訳文

私(明治天皇)は、私たちの先祖が、遠大な理想の下に、道義国家の実現を目指して、日本の国をお始めになったものと信じます。そして、国民は忠孝両全の道を全うして、全国民が心を合わせて努力した結果、今日に至るまで、見事な成果をあげて参りましたことは、もとより日本のすぐれた国柄の賜物といわねばなりませんが、私は教育の根本もまた、道義立国の達成にあると信じます。

 国民の皆さんは、子は親に孝養を尽くし、兄弟・姉妹は互いに力を合わせて助け合い、夫婦は仲睦まじく解け合い、友人は胸襟を開いて信じ合い、そして自分の言動を慎み、全ての人々に愛の手を差し伸べ、学問を怠らず、職業に専念し、知識を養い、人格を磨き、更に進んで、社会公共のために貢献し、また、法律や、秩序を守ることは勿論のこと、非常事態の発生の場合は、真心を捧げて、国の平和と安全に奉仕しなければなりません。そして、これらのことは、善良な国民としての当然のつとめであるばかりでなく、また、私たちの祖先が、今日まで身を持って示し残された伝統的美風を、更にいっそう明らかにすることでもあります。

 このような国民の歩むべき道は、祖先の教訓として、私たち子孫の守らなければならないところであると共に、この教えは、昔も今も変わらぬ正しい道であり、また日本ばかりでなく、外国で行っても、間違いの無い道でありますから、私(明治天皇)もまた国民の皆さんと共に、祖父の教えを胸に抱いて、立派な日本人となるように、心から念願するものであります。

 

 いかがでしょうか?実に立派な、素晴らしい文章であると思います。公教育なるものを、『何の為に』実施するのか?それを通して国民一人一人に『どのような人間』になって欲しいと望まれているのか?そうする事が、この国に『どのような』影響、結果をもたらすのか?そうした事が読み取れる文章だと思います。天皇陛下の明確な御意志が伝わって来る文章であると思います。読者の皆さん、どうでしょうか?これ、古臭いものでしょうか?私コーネリアスは、この考え方は、今でも充分に通用する考えではないかと思います。否、逆にこうした美しい日本の伝統が失われつつある今だからこそ、これを復活させても良いとさえ思っています。確かに私はクリスチャンですが、この思想は間違い無く神の御旨に適っています。聖書的視点からも何もおかしくは無いと思います。寧ろ崇高であり、誠に素晴らしい思想です。こういう目的で教育というものを実施するんですよ…というのなら、私は間違い無く神の御祝福も得られるものだと思います。まして、文末の方では、こうした理想を叶える為に、明治天皇御自ら、国民のみんなと一緒に、自分もやります!頑張ります!と、いわゆる宣言をなさっています。何処の国に居ますか、こんな立派な国家元首が?これこそが真の率先垂範というものです。戦前の我が国、大日本帝国という国は、教育に関してこのような実に立派な思想、哲学を持った国だったわけです。それにしても、全文通して明治天皇が直接一人一人の国民に丁寧に語りかける文体となっているところは、形だけ綺麗事が書いてある現行の教育基本法の前文とは大違いです。何となくですが、前者の方が説得力があり、天皇の(国民教育についての)熱い思い、また、それを通して天皇の『君民共治』の熱い思いが感じられるのは、私だけでしょうか…ハッキリ申し上げておきます。教育勅語というものは、決して天皇から国民への、一方的な義務教育命令書などでは断じてありません!それどころか、その真逆。天皇自らが『私も頑張るので、国民の皆さんも一緒に頑張りましょう!』という、いわゆる天皇から国民に向けたエール的なものなのです。実に素晴らしい勅語…天皇の御言葉だと思います。因みにこの教育勅語、現在でも三重県伊勢市の神道系の学校ですが、皇學館高校では、授業で教えられているそうです。個人的にはもっと多くの学校で教え広めて欲しいと思います。