ヒフミが古代語の韻をどこかしら踏んでいる事は間違い無いのでは。超古代においては言語は中央アジア(ヨーロッパもアフリカも除外しない)、ひいては人間の肉体において一つだったというビブリカルな意味を非常に身近に感じる。

 

「神の肉体」において、そのお心において、言語が一つであった事は日本人なら容易に辿り着く真実であると思う。

 

超常的な深遠さにおいて言葉が現されていた頃の名残りがまだほんの少しこの世界にも残っているが、いつしかどのようにしてか「尊さ」からの「祝福」を喪失してしまったのではないかとお思う。