私は、いわゆる登校拒否児童であった。
母は、毎朝、集団登校の集合場所まで必死の形相で引きづって行った。何故あの時、何がそうさせているのか聞いてくれへんかったのか?何が嫌なのか聞いてくれへんかったのか?
変におしゃまで、大人びた子供やったんやと今ならわかる。だんだんと自分を演じてたんがわかる。言葉に出来ない、それに気づいてもらえない、そんなもどかしさ苛立ちが思い出すいろんなエピソードが物語ってることに気がついた(遅っ!)
例えば、九州から従姉妹が遊びに来た時、娘がすごいイケズされてるのに父も母もそれに気付かない。父がその子に買ってやったリカちゃん人形を隠した。無意識やったんを覚えてる。そしたら大騒動になって、それを冷めた目で見てた自分を覚えてる。知らん顔して戻しておいたら、それでチャンチャン!
普段から、何となく二つ違いの弟が疎ましくて…多分お姉ちゃん扱いされて我慢させられる事にうんざりしてたんやろな。階段から蹴飛ばした事もあったな(怖っ!)
とにかく、何でも○○子!父も母も、私をあてにしてた。学校から帰ったら(登校拒否やけど、たまに行ってた)いわゆる鍵っ子。その間に弟が遊んでて、土管に挟まった。弟の友達に呼びに来られて近所の人に助けを求めたんも私。若干9歳。弟が怪我してデコから血を流して帰って来た時、自転車で病院に連れて行って、半ベソかきながら、縫ってもらうのを見てたんも私。若干11歳。
うちの両親は、若くに結婚して(二十歳)まだまだ生活に必死で、子育てにも必死で…と、いい子ちゃんやった時は、納得しようとしたけど、もうあかん!
それが、私を苦しめたんやから。
とにかく争いの絶えへん家やった。気の短い父で、特に母を怒鳴り散らしてた。自分を制御出来ひん人やったんやと思う。けど、愛情深い人やったんも知ってる。ただ不器用で自分に正直すぎて厄介な人やった。
母は、父の顔色見て生活してたって言うけど、子供の私から見たら、守って貰えるべき人から使われてた?って感じ。自分の気持ちを抑えると言うより子供を出汁にしてた割に父を上手く扱えずに犠牲にされた感じ。同性やし、厳しいかも知れんけど。
長女やし、女の子やし、いい子やし、
そんな大人たちの言葉に
私は、自分をその様に演じてた。
