《僕等がいた》は小畑友紀さんによる、全16巻の少女漫画です。
2012年には、生田斗真さん、吉高由里子さん主演で三木孝浩監督によって映画化されました。
・・・映画はまだ観てないんだよナァ(; ・`д・´)
三木監督はあれですね、あのー元ソニーミュージックの方で。
MVを作られていたんですけど、その後独立されたんです。(どうでもいい?)
アラシックさんのなかで話題の《陽だまりの彼女》も三木監督だったような・・・
脚本は、《全開ガール》や《岳》の吉田智子さん。
わたし《岳》もだし、《キイナ》とかも好きだったので
《全開ガール》も期待してたけど、あれはダメだったナァー(/ω\)
なんか最後まで草太が若葉を好きになった理由がわかんなかったんダヨネ!
さて、映画は観てないので、無駄話はこのくらいにして・・
コミックの《僕等がいた》について語らせていただきたいと思います。
《僕等がいた》はですね、途中で長期休載されて、
未完のまま終わってしまうんじゃないかと読者を心配させた漫画なのです。(どんな漫画だよ!)
12巻と13巻の間が2年くらい空いたんです。
で、12巻の内容がとても重く、重く、とにかく重かったもんで、
多分リアルタイムで僕等がいたを追っかけていた人たちは、
終着地点が全く見えないまま放置され、元や七美たち登場人物同様、
絶望的な気持ちになったに違いない!笑
わたしも、当時12巻読んで、『あ~もう僕等がいた嫌いだわ!』とまで思った!そういえば。
12巻の内容は、元の、そして山本さんの心の闇の深さが描かれてるんですが、
正直、救いようのない深さでした。
12巻の展開からは、みんなが幸せになる未来が全く見えなかった。
しいて言うならマスターの、瞳の優しさ、というか、あれに救われた。
15巻で、竹内君が、
「涙が出て仕方なかった 誰がこいつを助けるのか 高橋だって無理だろ 無理なのか
それでも君しかいない 高橋 どうか どうか君だけは 元を見捨てないでくれ」
と、元が失ったものを改めて実感し、河原で泣いてしまうシーンがあるんですけど、
まさにこの感想を実は竹内くんより先に私たち読者が12巻で持っていたという(;´・ω・)笑
《僕等がいた》では、特に巻数が二桁いったくらいからでしょうか?
各登場人物が、たびたび自問自答し、
また、登場人物同士も、よく疑問を投げかけあっているシーンが多々あるのですが、
それぞれ考え方が本当に違うんですよね。
作者の”答え”ではなく、各登場人物の、今まで生きてきた生き方を背景が
それぞれ出す答えに反映されているんです。
きっと、物語、フィクションではあるけれど、登場人物1人1人が生きているから、
こんなにこの物語に入り込めるんだろうなあと思います。
もう何回も読んでるのに未だに言ってる意味が分からない!
特にアキちゃん!やっぱり頭のいい人の言う事は難しい!笑
わたしもまだギリギリ10代(笑) 世間知らずではあるんですが
それでも読み始めたときは、中学生くらいだったのにいつの間にかわたしもう大学生。
10年連載していれば、読者も10年分歳をとる(当たり前だけど)
わたしにも色々あったし、傷つきもした。そして傷は癒えることはないことを知った。
そうなると、今度は傷つくことから逃げている(いまここ笑)
本音をぶつけられてるのに、心が言う事を聞かない、心を開くことが出来ない。
自分自身もそんな状態を経験して初めて理解できる元晴が、山本さんがいたんです。
理解するとともに、わたしはわたしの答えを見つけようと、この漫画を読み返しています。
多分これから、自分に守りたいものとかが出来たらまた見える景色は違うのかなと思います。
傷は、どんな人に付きやすいとかそんなのは無いと思うんです。
歳を重ねるごとに、新しく人に出会うごとに、いろんなところに傷つくポイントがあると思うんです。
少なくとも、50歳くらいになったらみんな等しく傷だらけ(笑)
元晴が山本さんの痛みに寄り添うことで、自分を他人を許して、
やさしい思い出を受け入れることが出来たように、
読者も元晴の痛みに寄り添うことで、思い出をやさしいものへと変えていってほしい
そういう意味での、最後のモノローグ
そして今日も祈りたい どうかああたにとっても 思い出はいつも やさしくありますように
となってるんじゃないかなと・・・
少々強引なのですが、わたしはそう思いたい。(笑)
この漫画に出会えてよかった。そう思える作品です。
