プログレッシブBBSの思い出_ピンク・フロイドmemorandum -60ページ目

プログレッシブBBSの思い出_ピンク・フロイドmemorandum

  
【ピンク・フロイドについて語り合おう】
【プログレ、ジャケットの名盤】その他のログを読みながら
プログレッシブ・ロックとオールディーズの魅力再発見の日々……
〈ザ随筆〉での執筆記事も再録準備中.

 



2013.03.06 執筆開始

2013.03.07 加筆更新
一部の写真の入れ替えも行いました



ピンク・フロイドの再来日は1972年の3月4日に羽田着。
翌々日の3月6日に、東京都立体育館で初日のステージ……この日は、デイヴ・ギルモアの誕生日でした。


ピンク・フロイド2度目の来日公演の直後に発売された、ミュージックライフ72年4月号。この号では、いつもとはちがった編集体制になったことがうかがわれます。

毎号、巻頭にある目次は、今号のみ後ろのほうのページに移動。75年前後には
この位置に定着していくんですけど、次の5月号からは従来と同じく巻頭目次なのです。


表紙/T・レックス


目次(P63)

〈カラー・グラビア〉
CCR来日特写、チェイス、クロスビー&ナッシュ、ジミー・ペイジ、メラニー、ジャクソン5,ウド・ユルゲンス

〈グラビア〉
よみがえったポール・サイモン、もうすぐやってくるビー・ジーズ、行きはヨイヨイ……/リンゴ夫妻、バーズ、世界のファースト達:ラビ・シャンカール、アレサ・フランクリン、バディ・マイルス、ピーター・ヤーロー、ジョルジュ・ムスタキ、スティービー・ワンダー、ディオンヌ・ワーウィック、ジェリー・ガルシア、ドン・マクリーン、ポール・ウィリアムス、日本にお目見えしたブロンズ・レーベルのエース、Uライア・ヒープ、ポコ、ペンタングル、レターメン、フォト・トピックス


別冊付録 mini MUSIC LIFE

グラビア特集その(1) CCR来日特集/本誌特写
●コンサート:そこにはロックがあった
記者会見、レセプション
オフ・ステージのCCR

グラビア特集その(2) ピンク・フロイド特写集
コンサート
記者会見、他

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特集・CCR完全追跡レポート

★本誌独占インタビュー
CCRにぶつけた50の質問
CCRニッポン滞在8日間完全追跡レポート
★コンサート評
 名古屋/福田一郎、大阪/東郷かおる子、
 東京/油井正一、ML Editor's Chat
★記者会見、レセプション誌上中継

速報・ピンク・フロイド、ただいま到着

★コンサート評/今野雄二
ライティング・システム、音楽について/石坂敬一
★記者会見



再来日となるピンク・フロイドが羽田に到着したのは、1972年3月4日のことでした。
ミュージックライフ4月号には、3月6日の午後に行なわれた記者会見と当日夜の東京体育館での公演についての特集記事が組まれています。
ただし、記事そのものは本誌ではなく、別冊付録の小冊子「mini-MUSIC LIFE」の中でした。前半は同時期に来日していたCCR特集で、後半がフロイド特集です。



front

back

mini-MUSIC LIFE4月号ふろく
2大グループ来日特集号
CCR、ピンク/フロイド来日完全取材

A5判76ページ左綴じ


おそらく編集レイアウト上の都合と〆切日の接近で、異例の掲載方法になったものと思われます。ミュージックライフにはポスターやステッカーなどの付録はよくついてきましたが、この時期だと別冊付録というのはめったにつきませんでした。
本誌のほうでどうしても先送りできない特集記事が多かったのでしょう、この時期のミュージックライフは前月20日が発売日になっていましたし、たった2週間 しかないのによくぞここまでと思います。本誌の編集制作を進めながらの別冊編集制作ですから、原稿を書くひとも編集スタッフも、寝る時間もないくらい大忙しだったのではないでしょうか。

本誌では、
巻頭ページの綴じ込み付録として、ピンク・フロイドが2箇所に登場しています。


ひとつめは、東京公演のチケットのレプリカ。


これもCCRといっしょになっているのですが、裏面まで再現しているのです。


ふたつめは、コンサート・ポスターのミニ版。


なんとなく時代を感じるデザイン感覚です。
これもCCRで1枚、フロイドで1枚という綴じ込み付録。
裏面は2枚とも、シンコーミュージックの単行本広告でした。



それでは、別冊付録の内容を見てみましょうか。
A5サイズ、左綴じ、表紙込みで76ページ

本文ページは外側のほうがグラビアになっていて、内側に読み物、真ん中のページにディスコグラフィという構造です。
前半のCCRは、写真集のあとに読み物という順序ですが、後半に登場するフロイドの場合は、読み物のあとで写真集になっています。


back and front cover


フロイド関係は、真ん中のページ、ディスコグラフィから始まります。


P38 - 39
ピンク・フロイド本邦発売レコード一覧表/東芝・オデオン
アルバム『サイケデリックの新鋭』(42.12/5発売)収録曲からスタート。


P40 - 41
ピンク・フロイド本邦発売レコード一覧表/東芝・オデオン

コンパクト盤も紹介されています(発売年月の記載なし)。
「ピンク・フロイド/ビッグ4(PINK FLOYD/BIG 4)」
A)1.吹けよ風、呼べよ嵐(One Of These Days)
  2.夢に消えるジュリア
(Julia Dream)
B)1.青空のファンタジア(Point Me At The Sky)
  2.シー・エミリー・プレイ
(See Emily Play)


P43
ピンク・フロイド本邦発売レコード一覧表/東芝・オデオン
シングルは「青空のファンタジア/アーノルド・レーン」(47.2/5発売)までを記載。



ディスコグラフィのあとにCCRの記事の続きが少々。


そうしてようやく登場するのが、今野雄二氏のコンサート・レポートです。


P54 - 55


たいへん読みごたえの深い記事です。
冒頭から引用します。


PINK FLOYD 来日特報 音と光が交錯したコンサート

    公演評 文・今野雄二

 その一瞬、ぼくの身体中を何かわけのわからないものが駆け抜けて、震えてしまった。言葉のあやなどでは決してなく、文字通りにぼくの身体に震えが起こったのである。ピンク・フロイドの4人の楽器が一斉に唸りをあげた、最初の瞬間のことだった。
 3月6日、午後6時半を少しまわった頃、ピンク・フロイドの日本公演の初日である都立体育館でのコンサートは、定刻を5分ほど過ぎて開始された。ぼくが席についた時には早くも場内の明りが消されており、うす暗いステージがぼんやりと見えて、会場全体には心臓の鼓動を思わせる低い音が連続的に聞こえていた。
 そして、ステージの中央と両側に立てられた3本のライト・スタンドに一斉に明りがともるのと同時に、4人のメンバーの楽器が鳴り始めたのだ。ステージの上には向かって左から、デイヴ・ギルモア(ギター)、ニック・メイソン(ドラムス)、ロジャー・ウォータース(ベース)、そして、4台の鍵盤楽器やシンセサイザーなどに囲まれたリック・ライト(キーボード)の面々がいた。

(中略)
 開演直前に、東芝レコードの石坂ディレクターがそっと耳打ちして、今日のプログラムの最初は新曲の “The Dark Side Of The Moon” であると教えてくれていたために、ぼくは50分間も絶え間なく続くであろうこの快適なる大音響にゆったりと身をひたしたいという欲望と、ひとつの音をも聞き逃すまいという緊張との間にあって、ともかく第1部は後者を選んだ。



文中に登場する東芝の石坂敬一氏は、同じ別冊付録で別の記事を担当しています。それについては、後ほどご紹介します。
ふたたび、コンサートレポート。今度は、文章の真ん中あたりから引用します。



 50分を越すこの最新超大作に詳しく触れている余裕はないが、魅力的な変拍子の部分(これは5/4拍子のように聞こえるが、どうしても「テイク・ファイブ」のメロディが乗らないので、前の席にいた加藤和彦氏にたずねたところ7/4拍子と判明)、“Me  and You……” “Black and Blue……” “Up and Down……” “With, without……” という反意語を並べた歌詞の部分、デイヴが自分のウラ声のスキャット・ヴォーカルにユニゾンでギターを重ねていく部分などを経て、曲は終結部へ進んでいく。ソプラニーのような音色に導かれて、デイヴのヴォーカルが “The lunatic is in my head” と歌うのを耳にして、ぼくはこの大曲のテーマが遂にその姿を現わしたのだ、という感動を味わった。luna → moonという連想のためである。果たしてこの曲は、 “I'll see you on The Dark Side Of The Moon” という言葉と共に、教会の鐘が鳴り出し、やがて〈狂気〉をシンボライズしたかのようなサイレンの音で終わりとなる。
 サイレンの唸りが消えていくのと同時に、ライトもまた光量をゆっくりと落とし、ステージの上に降りてくる様は、すばらしくドラマティックだった。
 第2部の3曲は、いづれもレコードで親しんできたもので、リックのキーボードが大活躍する“吹けよ風 呼べよ嵐”、ロジャーがその本領を発揮する“ユージン、斧に気をつけろ”、デイヴが箱根公演を思い出させるように “I can hear the Echoes return” と言って始めた“エコーズ”などは、緊張を捨ててただただその美しい大音響の渦の中にこの身をただよわせ、快楽をむさぼったのだった。

(中略)
 会場を揺るがすような歓声に迎えられて、アンコールの一曲が始まったとき、ぼくは再び恐ろしいほどの戦慄にとらわれた。他でもなく、あの“神秘”が演奏されたからである! コーダにさしかかった頃、ニックの手元から折れたドラムスのスティックが、まっすぐ彼の頭上に飛び散った瞬間の美しさは忘れられない。

(以下略)



今野氏のレポートは、新曲としてタイトルの他には何の予備知識もない状態で、初めて『The Dark Side Of The Moon』を聴くひとの感じ方として、とても興味深いものがあります。「Money」の変拍子に接したところはたしかにそうかもしれないと思いますし、「Brain Damage」の後半の歌詞を聴いて〈この大曲のテーマが遂にその姿を現わしたのだ、という感動を味わった。〉と言われる部分には、読んでいるわたしも感動してしまいました。
そのあとに〈やがて〈狂気〉をシンボライズしたかのようなサイレンの音で終わりとなる。〉とも書かれていますが、この公演からおよそ1年後にリリースされるアルバムの邦題が『狂気』だったことを思うと、感慨深いものもあります。


なお、東芝の石坂敬一氏は、この邦題に決まった経緯について、DVD『P.U.L.S.E/驚異』(2006年発売) のブックレットで、このようにコメントしています……。

 タイトルが『The Dark Side Of The Moon』だから、「月の裏側」のようなイメージと「Lunatic」なイメージから『狂気日食』という言葉が浮かんだ。でも、アルバムタイトルとして『狂気日食』では今ひとつピンとこないから最終的に『狂気』で行くことにしました。あと「エクリプス」という名前にも惹かれましたけどね。でも方針決定で邦題でいくと決めてましたから。


日本語盤同梱ブックレット「ピンク・フロイドへの道」P18より


余談になりますが、石坂氏はメンバーとも親しかったようです。
『P.U.L.S.E/驚異』ブックレットのなかでは、前年の箱根アフロディーテのときのエピソードも語られていました。箱根から帰るときは石坂氏のカペラにニックとデイヴを乗せて東京へ向かい、ニックが銅鑼を買いたいというのでふたりを原宿の骨董品店へ連れていったということです。


今野氏のあとに続くのは、石坂敬一氏による、照明、PA、主なスタッフ、楽器、演奏曲目の紹介記事〈今回の来日に関する一覧表〉。

そして、次のページからは来日記者会見の記事、
僕らは20人と7トンでやってきた〉が載っています。


P56 - 57

最初に、石坂敬一氏による記事から引用します。


P56

・今回の来日に関する一覧表

(1)ライティング
・44個のライト。固定ライト器械が2台。エレベーター1台。このエレベーターはアーサー・マックス(元フィルモア・イーストの専属)、クリス・アダムソン、ロバート・リチャードソン。クリストファー・ミッチーとアシスタントのジェイ。
・重量は約1トン。海外公演のため軽量。
・二酸化炭素のガス・ボンベ6本(1本が110kg)ーこれは7日のアンコールで使われた。


(2)PAシステム
・スピーカーは大小で40個。WEM社製のは舞台背後に、その他は両側に大スピーカー8個ずつ(これは最上部にツイター、底にウーファ)。天上の四隅にクアドラフォニック方式のスピーカー設置(特注で、メーカー不明)。
・スタッフ  ピーター・ワッツ、ミック・ロウ、スティーヴ・オラーク。
・総合電力  240V(英国規格110Vを増幅)。
・総合電気的入力  50,000ワット。
・総合電気的出力  約10,000ワット。
・聴感覚範囲  30デシメル(静寂)~120デシメル(極端に大きな音)。


(3)楽器
・ギター  フェンダー・ストラトキャスター(2マイク)。
・ベース  フェンダー・ジャズ・ベース
・キーボード  ハモンドM102、シンセサイザー、エレクトロニック・ピアノ
・ドラムス  不明(木魚に似たタムタム4個追加)
・ドラ


(4)演奏曲目
・6日 (1)ザ・ダーク・サイド・オブ・ザ・ムーン (2)(吹けよ風、呼べよ嵐 (3)ユージン、斧に気をつけろ (4)エコーズ 〈アンコール〉神秘(2時間5分)
・7日は、アンコール・ナンバーが“太陽讃歌”に変わり、2時間40分。
             (石坂敬一)



文中に登場するスタッフのひとり、ピーター・ワッツは、女優ナオミ・ワッツのお父さん。
ピーター、ナオミ、スティーヴ・オラークが、フロイドのメンバーたちといっしょに写っている写真があったのを思い出してしまいます。
フロイドのメンバーもスタッフも家族連れです。
70年夏、サントロペ公演のオフタイムに海辺で撮影されたものでした。


Photo: Nick Mason"Inside Out - A Personal History Of Pink Floyd" (2004)
Kindle Edition (2011)


このブログでもご紹介したことがありますが、ニック・メイスンの著書『Inside Out - A Personal History Of Pink Floyd』(2004発行)に収録されている写真です。
最近になって、72 - 73年頃のミュージックライフにもその写真が載っていたことがわかりました。そちらのご紹介は後日の記事にします。



さて、来日記者会見の記事僕らは20人と7トンでやってきた〉のご紹介。

P57

★PINK FLOYD IN JAPAN/記者会見

僕らは20人と7トンでやってきた

 カラリと晴れわたった3月6日、午後12:30から、ホテル・ニューオータニ椿の間でピンク・フロイドの来日記者会見が開かれた。
 ロジャー・ウォータースは相変わらず黒づくめ、ニック・メイソンはおしりにチョウチョウのパッチをつけたジーンズ、デイヴ・ギルモアは全くしゃれっ気なし、リック・ライトはグループ1のおしゃれらしい。ひとしきりカメラのフラッシュが華々しく光った後、質問が始まった。



記者会見内容、冒頭から引用します。


・光は我々の音の象徴だ

Q:今回のコンサートでライト・ショウの一行と一緒ですが、彼らに何らかの注文をつけるんですか? それとも勝手にライトの方はその方法でやるんでしょうか?
ロジャー:ライト・ショウというものではなく、光はライティング・システム……つまり自分達の演奏の一部を形成する道具だ。


この誌上のインタビューは、ほとんどがロジャーとの質疑応答で、ステージの照明やPA方面のことを話してているのですが、実際には別の話題もいろいろとあったのかもしれません。
他のメンバーも、相応に発言したと思うのです。そういったことがらのひとつなのでしょう、次のページになると、ニックのコメントも載っています。


Q:山下剋に興味を持っているということですが、山下剋の何に興味を持ったのですか?
ニック:ドラマーという僕の個人的な意見になるけれども、彼は素晴らしいプレイヤーだと思うし、ロンドンで演奏したこともあって私の友人もいっていたが、彼のやっていることに興味がある。


P58 - 59


インタビューのしめくくりとなる、編集部の文章は、このようになっていました。


メンバーは、この後集まった記者、カメラマンの為に日本庭園に出てポーズを取るという大サービス振り。約15分程の撮影を終えて朝の6時からセッティングに取りかかっているというコンサート会場に打ち合わせに向かった。


このときの写真の一部は、この別冊来日特集の後半にも出てきます。ただし、ステージのショットも含めてカラーページに載るのはひとつ先の号、5月号です。


P59からの写真集、および5月号のカラーページについては、別の記事でまとめています。




To be continued.



写真特集のページについては加筆または別記事でご紹介します。

2013.03.06 執筆開始

2013.03.07 加筆更新
一部の写真の入れ替えも行いました



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