プログレッシブBBSの思い出_ピンク・フロイドmemorandum -142ページ目

プログレッシブBBSの思い出_ピンク・フロイドmemorandum

  
【ピンク・フロイドについて語り合おう】
【プログレ、ジャケットの名盤】その他のログを読みながら
プログレッシブ・ロックとオールディーズの魅力再発見の日々……
〈ザ随筆〉での執筆記事も再録準備中.




これは2003年6月にジョン・レノン・ミュージアムを訪れたときに書いた文章です。2003年に個人サイトで公開した後、2004年に〈ザ随筆〉の一部として公開したこともあるのですが、今回の再々録にあたっては、改行箇所を改めました。
ミュージアムは2010年9月にクローズ、現在はありませんが、いまでもその日の感動があざやかに思い浮かびます。



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■ジョン・レノン・ミュージアム

 この人の詩も歌も生き方も、こんなにも好きだったんだな
って、あらためて感じました。
 ミュージアムの中は、入り口の次がシアターになっていて、最初にジョン・レノンの生涯を約7分間の映像で見せていただきました。
 最初に耳に飛び込んできた曲は「LOVE」、映像はNYセントラルパーク内の名所「ストロベリーフィールズ」。
どちらも、とてもとてもなつかしくて感涙…


 オノ・ヨーコさんからの提供によるジョン・レノンの作詞の生原稿、スケッチ画、リッケンバッカーやレスポールなどのギター、ステージやアルバムジャケットでの衣装、身の回りの愛用品etc, etc

当時のステージやプライベートを映す映像は、壁に埋め込まれたPCのスクリーンモニタ。美術館の絵画のような配置。

 そういった展示品の数々は、リバプールでの少年時代になじんでいたライブハウスの雰囲気や、ヨーコさんと暮らしていたニューヨークのダコタアパートの一室などの、それぞれのインテリアを再現した展示室で、実物を見ることが出来るのです。
 もちろん
展示室のBGMも、それぞれの時期のジョン・レノン作品。
ノートの1ページやホテルの備え付け便せんなどに手書きされた、歌詞の原稿の文字を眺めながら聞くことの出来る曲もいろいろあって、シアワセなひとときでした。……たまには手書きで詞を書きたいという気分になってきました…(笑)
 ジョン・レノンの残した詩、曲、言葉に囲まれて、この人の詩も歌も生き方も、こんなにも好きだったんだな…って、あらためて感じました。 


■ミュージアム各エリア

・ゾーン1:少年の記憶
ゾーン2:ロックンロール
ゾーン3:ザ・ビートルズ
ゾーン4:ジョンとヨーコの出会い
ゾーン5:ラブ・アンド・ピース
ゾーン6:イマジン
ゾーン7:ニューヨーク・シティ
ゾーン8:失われた週末
ゾーン9:ハウス・ハズバンド
ファイナルルーム:メッセージ

 このミュージアムはジョン・レノン生誕60年にあたる2000年10月9日にオープン。
併設のカフェと、ミュージアムショップは、チケットがない状態でも入ることが出来ます。
 
カフェは、ジョン・レノンが70年代に夏になるといつも訪れていた軽井沢のホテルからの出店。軽井沢にはオノ・ヨーコさんの実家の別荘があって、ヨーコさんのお母さんが懇意にしていらしたそのホテルが常宿になっていたそうです。

 たまたま時間に余裕があったのと、ちょっとお茶したかったので、ミュージアムに入る前にカフェに入りました。

 カフェ内のBGMは、色々なミュージシャンによるカバーバージョンのビートルズナンバー……ミュージアム内ではジョン・レノンのオリジナルバージョンをたくさん聞くことになるので、ここではカバーっていうのは、なかなか気が利いていると思います♪ 


■シアター

 ミュージアムでは、最初にシアターを見るという展示の演出構成、とてもすてきなアイデアだなと思います。
こういった仕掛け?の博物館は、初体験です。最初にシアター、っていうのはビジュアルとサウンドの効果も大きいですね。
 最初に、「ジョン・レノン・ミュージアムに来たんだな」「きょうはジョン・レノンに会いに来たんだ」っていう感覚を深くあざやかに感じることになるので、そのあとに見る展示品などは、当然、思い入れもより深くなり、より心地よく味わえたと思います。
 シアターの映像は、ヨーコさんのごあいさつメッセージ以外はいままでに映画やヴィデオクリップなどで公開された映像のコラージュで「ジョン・レノン少年期から後年まで」。

 展示内容のコンセプトがトータルにわかるので、関心が展示品の一部分だけに片寄らずに、全体のバランスというような感覚もアタマの中に置いた状態で、色々な展示品を見ることが出来るというメリットも大きく加わるのではないかしら。 


■シアターのような展示上の演出効果

 ふつうは博物館や美術展などの展覧会では、リピーターで訪れる場合を別にしたら、館内の案内順路にしたがって見て回るのがマナーだと思います。
 順路は、画家や作家の場合は作品の制作年代順というのが多いような気がします。順路の最初の方に、画家や作家の経歴や年表が展示されているケースが多いですね。
 シアターのような演出のスペースではなくても、経歴や年表が展示されている場所には、そのあとのゾーンで見ることの出来る展示品のサムネイルや、プチサイズのレプリカなどが加わっていたら、さらに親しみやすくなるのではないかな、と思います。
 本や雑誌でいえば目次に相当する場所だと思いますが、雑誌の場合は、写真やイラストの多いグラフィック系では、該当ページの写真のサムネイルを載せている目次というのもよく見掛けますね。

■ジョン・レノン・ミュージアム
JR「さいたま新都心」駅下車
「さいたまスーパーアリーナ」4F,5F

http://www.taisei.co.jp/museum/index.html 


■詩人ジョン・レノン

 ジョン・レノンは、ミュージシャンとしてとてもグレイトな人なのですが、わたしが詩を好きになるきっかけになった詩人というのか、影響を受けた詩人の筆頭にもなっています(ほかにも寺山修司、オマル・ハイヤームなど、色々な詩人に影響を受けてきたと思います)。
 市販のビートルズ詩集などを最初からまとめて読むと、いつの時代もジョン・レノンは、作り物ではない等身大の自分を表現してきたんだなぁって、しみじみ。
 そういうところは、多くの詩人にもあてはまると思います。表現方法は色々ちがいますけどね。人によっては絵などの美術や音楽でそういう自己表現をするんですよね。

■ジョン・レノンの詩について

 両親の趣味の影響もあってどちらかというと洋楽育ちでもあったのですが、高校のときに先輩に勧められたビートルズの詩集が、その頃詩らしきものを書くようになったきっかけかなって思います。対訳の詩集が何種類か発売されていました。
 ビートルズ時代のものも含めて、ジョン・レノンの詩は、年齢や環境の変化とともに変化していくのがよくわかるのです。
 初期だとシンプルな甘いラブソング
……「And I Love Her」などは、”空に星がやさしくまたたいている/そして僕は君を…”というような歌詞で、詩人でいうならハイネやリルケの初期に近いのですね。
 抒情的な作品で有名なハイネも後年は革命家でしたが、ジョン・レノンもやがて社会的なストレートな詞がふえて(ベトナム戦争の頃ですから)、人づきあいの悩みを前衛的に歌ったり(ポエトリーリーディングの元祖詩人アレン・ギンズバーグにも似ていなくもない)、花や動物が登場する幻想的な詞になったりして、ビートルズ解散前後の頃は哲学的になっています。
 で、後年は、オノ・ヨーコさんとの間に生まれた男の子のことを書いた「Beautiful Boy」や、ヨーコさんへの愛情などを主に詞に書いているのですが、ビートルズ初期のような、シンプルな甘いタッチなのが、興味深いところです。
 それ以上に興味深くうれしく読めるポイントは、お若いころと違って暖くてやわらかい雰囲気になっているというところです。

■ラブソングのジェネレーション

 ラブソングや恋愛詩の詩人の傾向としては、一般的には、大まかな言い方になりますが、青少年少女期は「あなたにこの気持ちを分かってほしい…」っていうような求めるタイプ+願望タイプが多く、大人になるにつれて「大切なあなたを守っていくよ…」っていうような与えるタイプ+現実確認タイプが多くなるという、そういう傾向はあるようです。
 これが大人度のバロメーターかというと必ずしもそうではありません。ただ、フィクションであれノンフィクションであれ、作品には作者自身の関心の深いジャンルやエレメントがあらわれるというところは、共通していると思います。
 すてきなのは、少年青年ではない年代になっても現実の恋人やパートナーのことを書けるということですね。


______2003.JUNE
______2004.JUNE一部改稿