この記事は、9月10日「箱根アフロディーテのプログラム_1」 、「9月13日「箱根アフロディーテのプログラム _2■1971年前後の来日ロックバンド」からの続きになります。
「1」では掲載記事一覧および広告一覧のリスト(ブログ筆者による目次)、「2」ではピンク・フロイド関連の広告ページの詳細を紹介しました。
1971年8月6日 - 7日に行われたロックフェスティバル、箱根アフロディーテ。
このときのパンフレット(A4判44ページ)には、さまざまな執筆者によるコラムがいくつかあります。
コラム一覧
P.6 - 7 ピンク・フロイド(福田一郎)
P.8 1910フルーツガム・カンパニー(朝妻一郎)
P.9 バフィー・セントメリー(小倉エージ)
P.10 渡辺貞男クインテット、菊池雅章クインテット
P.11 稲垣次郎とソウル・メディア、佐藤允彦トリオ
P.12 山下洋輔トリオ、ハプニングス+クニ河内
P.13 成毛滋&つのだひろ、モップス
P.14 ダーク・ダックス、トワ・エ・モア
P.15 赤い鳥、ズーニーブー
P.16 尾崎紀世彦、長谷川きよし
P.17 本田路津子、北原早苗
P.18 南こうせつとかぐや姫、グリーメン
P.19 早稲田大学ハイソサエティ・オーケストラ、
慶応義塾大学ライト・ミュージック・ソサエティー、ザ・カルア
P.26 - 31
対談「音楽がそこにあったら、とにかく楽しんじゃおう
- 毎年つづけたい箱根アフロディーテ」
藤井肇・岩浪洋三・三橋一夫・木崎義二・司会:糸居五郎
P.34 - 35
「7月17日の夜」大沼正
P.36 - 39
「愛神アフロディーテと野山のうた」中村とうよう
P.40 - 41
「お山に出てもナゼカ海賊ナノダ」亀淵昭信
というわけで、上記の中からピンク・フロイドに関する部分を中心に紹介していきます。
70年代初期のロックミュージックがどのような状況だったか、ピンク・フロイドについて評論家の方々がどのようなことを語っていたのか等々、いろいろと興味深いものがあります。
引用部分については、『 』で示してあります。
P.6 - 7
「ピンク・フロイド」福田一郎
『この世界に、真のプログレッシブ・グループとして、ぼくが考えているのが、二つだけ存在する。一つはムーディー・ブルースであり、もう一つはピンク・フロイドである。
ピンク・フロイドを聞かずぎらいの人々は、いまでも1967年のフラワー・パワー・グループと思っているようだが、大間違いだ。ピンク・フロイドは、常に”新しい美”を追求している。フロイドにくらべると、レッド・ゼッペリンは、ロックの別の局面から演奏しているにすぎない。
これは、あまりにも頻繁に引用されたきらいがあるが、レッド・ゼッペリンのリード・ギターリスト、ジミー・ペイジのピンク・フロイド観である。』(冒頭より)
……福田さんのコラムは、フロイドの音楽性に的を絞って解説しています。
ピンク・フロイドをフラワー・パワー・グループと思うひとたちがいたというのは意外なことでしたが、これは髪に花を飾るとかの歌詞が出てくる「花のサンフランシスコ」の流行った67年という意味なんでしょうね。
ロックの世界で新しい道を切り開いてきたフロイドの素晴らしさを、するどく無駄なく掘り下げてゆく文章で、ちょっと(かなり)感動してしまいました。
プログレッシブとか、コンテンポラリー・ミュージックとかの、当時としては新しめの音楽用語が登場するのもかっこいいんですけど、『リード・ギターにシド・バレット Syd Barrett、ベース・ギターにロジャー・ウォータース Roger Waters……』みたいに、名前のスペリングを併記する心遣いもうれしかったりして……。
『EMIのプロデューサーは、「ロック、フォーク、ブルース、ジャズ、カントリーの今剛音楽」として説明しているが、これでは十分ではない。
ピンク・フロイド自身は、「われわれの創造する世界は、楽器に基いたものではない。四次元と五次元の境目に光と幻想できいずいたものだ」このように説明しているが、彼らは、それまでに実現できなかったことを、新しい吹き込みの度ごとに試みているとでもしか、表現できないような気がする。
というのは、話題となった「原子心母」が、和音進行とウェスタン調のテーマという素材を、ロックとヴォーカル・コーラス・プラス・ストリングスの見事に結成したコンテンポラリー・ミュージックにまで発展させていったと判断できるからである。』(終盤より)
P.8
「1910フルーツガム・カンパニー」朝妻一郎
『「サイモン・セッズ」や「トレイン」そして最近では「さよならローディー」などのヒットを放っているグループ「1910フルーツガム・カンパニー」は、今から4年前の1967年の夏、ニュー・ジャージー州のリンデンという町で結成されました。』(冒頭より)
……朝妻さんのコラムは、このグループのバイオグラフィを紹介しています。結成当初は5人ですが『メンバーの方は、ほぼ半年間隔ぐらいで入れ変わっていて、現在は4人になっています。』という一文もあります。キャッチーで明るいサウンドが受けたグループだと思っていましたから、そんなにしょっちゅう変わっていたなんて、ちょっと意外でした。たくさんの楽しい曲を作りながら、楽屋裏ではいろいろあったのかな、なぁんてことも考えさせられました。
フロイドを解説した福田さんもほかの方々もですけど、この1971年には、バンド編成でも「グループ」という呼びかたをしています。日本では、ロックバンドという呼びかたが、まだなかったんですね。ライブという言葉も出てこなくて、コンサートです。
P.9
「バフィー・セントメリー」小倉エージ
『“神秘のフォーク・シンガー”というのが、彼女のキャッチ・フレーズ。それは、クリーク・インディアンの血をひく彼女の神秘的な容貌だけでなく、ギター、あるいは、マウス・ボウという民族楽器をならしながら歌う、ユニークで強烈な個性あふれる彼女の歌いぶりからきた、うそ偽りのないことばなのである。』(文末より)
……小倉さんもバイオグラフィを紹介するコラム。映画『いちご白書』の主題歌「サークルゲーム」以前の私生活を中心に語っていますが、楽器のことにも触れているのが興味深いです。
バフィーのことは冒頭ではフォーク・シンガーと称していますが、中盤には『バフィー・セントメリーは、自分で歌を書き自分で歌う、シンガー・ソングライターであり……』という一文もあります。
P.26 - 31
対談『音楽がそこにあったら、とにかく楽しんじゃおう
- 毎年つづけたい箱根アフロディーテ』
藤井肇・岩浪洋三・三橋一夫・木崎義二・司会:糸居五郎
『糸居 出演者は、海外から来るアーティスト、国内から参加するアーティストと、いろいろあるわけだけど、藤井先生、この顔ぶれみてどうお感じですか?
藤井 なんといっても、バラエティに富んでいるって点が、いいことですね。それと、外国から一流メンバーが来るのだから、日本の出演者も張り切ってベストを尽くすんじゃないかしら。ぼく自身としては、やっぱりピンク・フロイドが一番興味ありますね。
木崎 ピンク・フロイドが何をやるか楽しみですね。
岩浪 レコードで聞いて想像してた通りだったなんてのじゃおもしろくないからね。ジャズでもそうですけど、既成のイメージを破るようなグループのほうがいいんですよ。
木崎 ピンク・フロイドは、凝った電気装置をいろいろと使っているグループですからね。それが野外のステージでどのくらい再現されるか、それともレコードとは全然ちがうことをやり出すのか、すごく興味があるわけです。
藤井 バフィ・セントメリーは三橋さんが専門だと思うけど……。
糸居 三橋さん、バフィっていう人はインディアンなんでしょう。
三橋 そうですね。非常にいい歌手ですけど、こういう野外で、どういう風に歌うか、どのくらい聴衆をひきつけるか、その辺に興味がありますね。』
……Part.5まである、長い対談です。フロイドに関しては木崎さん、バフィー・セントメリーは三橋さん、ジャズは岩浪さん藤井さんという風に、専門分野がちがう顔ぶれが語り合っているんですね。
糸居さんは、海外、国内っていう言い方が自然に馴染んでいて、スマートでウイットもある洗練されたトークです(外国、日本という言い方のほうが親しみやすいんですけどね、海外、国内っていうのは、渡航経験の豊富さを感じるのです)。
8月6日 -7日にメインステージの司会担当だった糸居さんは、8月9日の大阪フェスティバルホールでのピンク・フロイド単独公演でもステージの司会を務めていました(Bootlegにて確認)。
P.34 - 35
「7月17日の夜」大沼正
『7月17日の夜、ぼくは後楽園球場ネット裏中段の記者席にいた。公称4万という大群衆が、日没前から流れている強烈なロックのビートに、手を叩き、上半身を揺らせ、足を踏みならしていた。「ロックカーニバル#6」むろん日本ではじめての音楽祭である。
……(中略)…… 午後6時、モップスの登場、続いて麻生レミとスーパーグループ、カナダからマッシュマッカーン、15分の休憩が予定され、待望のグランド・ファンク・レイルロードとなるはずだった。
舞台のセッティング中、突如、豪雨が襲ってきた。』(序盤より)
……伝説の“雨の後楽園”のルポです。箱根アフロディーテと出演ミュージシャンに関する期待は終盤でちょこっと語られるだけ。
でも、当時はドームじゃなかった後楽園という屋根のないステージが素晴らしかったことや、会場内のお客さんたちのマナーがよかったことなどをリアルに語っていて、大沼さんはとても読みごたえのあるコラムを寄せてくださっています。
関係ないけど、この原稿、〆切ぎりぎりだったのでは……。7月17日から8月6日のアフロディーテ初日まで、三週間ですもの。
『シカゴが、日本武道舘をいっぱいにし、マッシュマッカーン、グランド・ファンク・レイルロードが後楽園球場を超満員にした。続くピンク・フロイド、1910フルーツガム・カンパニー、バッフィー・セントメリーと日本のジャズ、ロック、フォークの尖鋭たちが競演する「箱根アフロディーテ・コンサート」。
「書を捨てよ街へ出よう」を提唱したのは寺山修司だが、ジャズやロックはいまや密室のような陰靡な場所から、陽光のふりそそぐ「野へ出よう」としている。
音楽を愛する若者たち、立派に自分たちのルールを保っている人々を期待して、きょうの野外大演奏会の成功を信じよう。』(文末より)
P.36 - 39
「愛神アフロディーテと野山のうた」中村とうよう
『ワーグナーの歌劇「タンホイザー」に、ヴィーナスの国が出てくる。ドイツ語で、ヴェヌスベルク、という。』(冒頭より)
……中村さんのページは、ギリシア神話のアフロディーテに相当する、ローマ神話のヴィーナスに関する話題から始まる音楽コラムです。ロックでもフォークでもなく、クラシックがメインの格調高い内容ですが、わかりやすい解説なので思わず引き込まれます。
『ミンネゼンガー(一種の吟遊詩人)のタンホイザーは、このヴェヌスベルクでヴィーナスと仲よくなってしまっている。
だが、年がら年ぢゅう飲めや歌えやの歓楽の国ヴェヌスベルクにいると、やはり飽きてしまうらしくて、のどかで落ちついた地上の国の、ワルトブルクの牧場がなつかしくなる。
そしてとうとうヴィーナスとケンカして、牧童の笛の音の聞こえるワルトブルクに帰ってくるわけだが、ヨーロッパの伝説をもとにして作ったらしい「タンホイザー」で、ワーグナーが、ドンチャン騒ぎのヴェヌスブルクと、静かに牧童の笛の音の流れるワルトブルクとを、二元論的に描いているところがおもしろい。』(冒頭からの続き)
……地上の国がなつかしくなるというところで、ふと浦島太郎を連想するわたしって、やっぱり日本人なのね…。
『タンホイザー』ってストーリーがおもしろそう。ワーグナーは『ニーベルングの指輪』しか見ていませんが(TV録画版。ものすごく長いのよ)、やっぱり神話がモチーフなんですね。
中村さんのコラムは、タンホイザーの飲めや歌えやの遊びの国のお話から、日本の東北の、山遊びの歌のことになり、そのあと日本民謡の牧歌として、馬追い唄、牛追い唄とかが出てきて、箱根につたわる箱根馬子唄に帰着します。
『この明るい箱根の湖畔で、ヴェヌスベルクとワルトブルクの合一をどのようになしとげることができるか、それが箱根アフロディーテの課題なのである。』(文末より)
P.40 - 41
「お山に出てもナゼカ海賊ナノダ」亀淵昭信
『コンサート会場に入って、イザ腰を下す時、手にしているのは、多くの場合、プログラム。でも、最近のロック・コンサート、観客の中に、ズタ袋、紙袋、カバン、ナップ・ザック等々、不思議と目につく。 袋の中は、ナンダロウ? 弁当かと思うと、そうじゃない。テープレコーダー。
切符のウラに「テレコ持ち込み禁止」と書いてあっても、バレなきゃOK、バレてもともと、その通りなのダ!』(冒頭より)
……いわゆるBootlegがテーマのコラムです。
とはいうものの、海賊盤の味方をしているわけではなく非難をしているわけでもなく、海賊盤の存在というものを教えてくれるだけで、具体的な入手方法が出てくるわけでもありません。
が……それにしても、よくこういうコラムが載ったなぁと、感じ入ってしまいます。
音楽雑誌の記事じゃなくて、コンサート会場のプログラムですからね。
お話の流れとしては、こうです(海賊盤の存在を知ってるひとなら誰でも知っていた事柄。作って配布した人じゃないとわからない事柄は出てきません)。
海賊盤の製造過程3種類(1.オーディエンス録音、2.レコーディングスタジオからの流出、3.TVやラジオの番組利用)のうち1番目が最も多い理由にはステレオカセットテープレコーダーの普及があること……海賊盤には粗悪品も多いけどたまには極上品もあること……海賊盤として商売の対象になるのは著名なアーティストに限られること…ここでやっとフロイドの名前が登場、『ビートルズ、ローリング・ストーンズ、ピンク・フロイド、レッド・ゼッペリン、ジミ・ヘンドリックス、ニール・ヤング等超一流と呼ばれるアーティストは、皆、海賊レコードの被害者でもある。』
そのあとは、アーティスト側およびレコード会社による海賊盤対策あれこれ…公式ライブ盤をふやすとかコンサート会場で機材に工夫をするとか……ファンの口コミで取引される海賊盤のうち音質の良いものほど知られざる場所でのやりとりになっていること等々……。
亀淵さんはこの当時、糸居五郎さんとおなじく、(箱根アフロディーテ主催)ニッポン放送で『オールナイトニッポン』のDJ(パーソナリティ)をしていました。
そのせいか、読んでいると曲の合間のフリートークを聞いているような気分になってきます。語り口というか、スタンスが、ラジオのリスナーたちのお兄さんっていうか、若者の味方っぽいというか……。
でも、わたしが今の年になってこのコラムを読むからそう思うのかもしれないけど、文章が先に進むにつれて、お兄さんからおじさんに変わっていくような感じがしました。文体もね、冒頭と終盤ではだいぶ違ってくるんです。
だけど、亀淵さんは、やっぱり、話のわかるすてきなお兄さん。
コラムの結びの部分では、ファンとしては非公式のでもいいから聴きたいって気持ち、ちゃんとわかってるよ、ということを伝えているんです……。
『海賊レコードの問題は、結局、アーティストとファンとの本質論に立ち返る。アーティストは良い作品を発表するのが当然であり、ファンはそれを要求する権利があるということである。
今まではアーティストの権利が総てに優先し、ファンはジッと待たされて来た。
しかし、密造レコード問題によって、ファンの権利が大幅に拡大するなら、アーティストに対して少しのワガママが言えるのなら、こんなに素晴らしいことはないし、それは海賊レコードが為した唯一の功績になるだろう。』(文末より)
このときのパンフレット(A4判44ページ)には、さまざまな執筆者によるコラムがいくつかあります。
コラム一覧
(筆者名のないものは無記名による出演者紹介文)
P.6 - 7 ピンク・フロイド(福田一郎)
P.8 1910フルーツガム・カンパニー(朝妻一郎)
P.9 バフィー・セントメリー(小倉エージ)
P.10 渡辺貞男クインテット、菊池雅章クインテット
P.11 稲垣次郎とソウル・メディア、佐藤允彦トリオ
P.12 山下洋輔トリオ、ハプニングス+クニ河内
P.13 成毛滋&つのだひろ、モップス
P.14 ダーク・ダックス、トワ・エ・モア
P.15 赤い鳥、ズーニーブー
P.16 尾崎紀世彦、長谷川きよし
P.17 本田路津子、北原早苗
P.18 南こうせつとかぐや姫、グリーメン
P.19 早稲田大学ハイソサエティ・オーケストラ、
慶応義塾大学ライト・ミュージック・ソサエティー、ザ・カルア
P.26 - 31
対談「音楽がそこにあったら、とにかく楽しんじゃおう
- 毎年つづけたい箱根アフロディーテ」
藤井肇・岩浪洋三・三橋一夫・木崎義二・司会:糸居五郎
P.34 - 35
「7月17日の夜」大沼正
P.36 - 39
「愛神アフロディーテと野山のうた」中村とうよう
P.40 - 41
「お山に出てもナゼカ海賊ナノダ」亀淵昭信
というわけで、上記の中からピンク・フロイドに関する部分を中心に紹介していきます。
70年代初期のロックミュージックがどのような状況だったか、ピンク・フロイドについて評論家の方々がどのようなことを語っていたのか等々、いろいろと興味深いものがあります。
引用部分については、『 』で示してあります。
P.6 - 7
「ピンク・フロイド」福田一郎
『この世界に、真のプログレッシブ・グループとして、ぼくが考えているのが、二つだけ存在する。一つはムーディー・ブルースであり、もう一つはピンク・フロイドである。
ピンク・フロイドを聞かずぎらいの人々は、いまでも1967年のフラワー・パワー・グループと思っているようだが、大間違いだ。ピンク・フロイドは、常に”新しい美”を追求している。フロイドにくらべると、レッド・ゼッペリンは、ロックの別の局面から演奏しているにすぎない。
これは、あまりにも頻繁に引用されたきらいがあるが、レッド・ゼッペリンのリード・ギターリスト、ジミー・ペイジのピンク・フロイド観である。』(冒頭より)
……福田さんのコラムは、フロイドの音楽性に的を絞って解説しています。
ピンク・フロイドをフラワー・パワー・グループと思うひとたちがいたというのは意外なことでしたが、これは髪に花を飾るとかの歌詞が出てくる「花のサンフランシスコ」の流行った67年という意味なんでしょうね。
ロックの世界で新しい道を切り開いてきたフロイドの素晴らしさを、するどく無駄なく掘り下げてゆく文章で、ちょっと(かなり)感動してしまいました。
プログレッシブとか、コンテンポラリー・ミュージックとかの、当時としては新しめの音楽用語が登場するのもかっこいいんですけど、『リード・ギターにシド・バレット Syd Barrett、ベース・ギターにロジャー・ウォータース Roger Waters……』みたいに、名前のスペリングを併記する心遣いもうれしかったりして……。
『EMIのプロデューサーは、「ロック、フォーク、ブルース、ジャズ、カントリーの今剛音楽」として説明しているが、これでは十分ではない。
ピンク・フロイド自身は、「われわれの創造する世界は、楽器に基いたものではない。四次元と五次元の境目に光と幻想できいずいたものだ」このように説明しているが、彼らは、それまでに実現できなかったことを、新しい吹き込みの度ごとに試みているとでもしか、表現できないような気がする。
というのは、話題となった「原子心母」が、和音進行とウェスタン調のテーマという素材を、ロックとヴォーカル・コーラス・プラス・ストリングスの見事に結成したコンテンポラリー・ミュージックにまで発展させていったと判断できるからである。』(終盤より)
P.8
「1910フルーツガム・カンパニー」朝妻一郎
『「サイモン・セッズ」や「トレイン」そして最近では「さよならローディー」などのヒットを放っているグループ「1910フルーツガム・カンパニー」は、今から4年前の1967年の夏、ニュー・ジャージー州のリンデンという町で結成されました。』(冒頭より)
……朝妻さんのコラムは、このグループのバイオグラフィを紹介しています。結成当初は5人ですが『メンバーの方は、ほぼ半年間隔ぐらいで入れ変わっていて、現在は4人になっています。』という一文もあります。キャッチーで明るいサウンドが受けたグループだと思っていましたから、そんなにしょっちゅう変わっていたなんて、ちょっと意外でした。たくさんの楽しい曲を作りながら、楽屋裏ではいろいろあったのかな、なぁんてことも考えさせられました。
フロイドを解説した福田さんもほかの方々もですけど、この1971年には、バンド編成でも「グループ」という呼びかたをしています。日本では、ロックバンドという呼びかたが、まだなかったんですね。ライブという言葉も出てこなくて、コンサートです。
P.9
「バフィー・セントメリー」小倉エージ
『“神秘のフォーク・シンガー”というのが、彼女のキャッチ・フレーズ。それは、クリーク・インディアンの血をひく彼女の神秘的な容貌だけでなく、ギター、あるいは、マウス・ボウという民族楽器をならしながら歌う、ユニークで強烈な個性あふれる彼女の歌いぶりからきた、うそ偽りのないことばなのである。』(文末より)
……小倉さんもバイオグラフィを紹介するコラム。映画『いちご白書』の主題歌「サークルゲーム」以前の私生活を中心に語っていますが、楽器のことにも触れているのが興味深いです。
バフィーのことは冒頭ではフォーク・シンガーと称していますが、中盤には『バフィー・セントメリーは、自分で歌を書き自分で歌う、シンガー・ソングライターであり……』という一文もあります。
P.26 - 31
対談『音楽がそこにあったら、とにかく楽しんじゃおう
- 毎年つづけたい箱根アフロディーテ』
藤井肇・岩浪洋三・三橋一夫・木崎義二・司会:糸居五郎
『糸居 出演者は、海外から来るアーティスト、国内から参加するアーティストと、いろいろあるわけだけど、藤井先生、この顔ぶれみてどうお感じですか?
藤井 なんといっても、バラエティに富んでいるって点が、いいことですね。それと、外国から一流メンバーが来るのだから、日本の出演者も張り切ってベストを尽くすんじゃないかしら。ぼく自身としては、やっぱりピンク・フロイドが一番興味ありますね。
木崎 ピンク・フロイドが何をやるか楽しみですね。
岩浪 レコードで聞いて想像してた通りだったなんてのじゃおもしろくないからね。ジャズでもそうですけど、既成のイメージを破るようなグループのほうがいいんですよ。
木崎 ピンク・フロイドは、凝った電気装置をいろいろと使っているグループですからね。それが野外のステージでどのくらい再現されるか、それともレコードとは全然ちがうことをやり出すのか、すごく興味があるわけです。
藤井 バフィ・セントメリーは三橋さんが専門だと思うけど……。
糸居 三橋さん、バフィっていう人はインディアンなんでしょう。
三橋 そうですね。非常にいい歌手ですけど、こういう野外で、どういう風に歌うか、どのくらい聴衆をひきつけるか、その辺に興味がありますね。』
(Part.2「バラエティに富んだ出演者」より)
……Part.5まである、長い対談です。フロイドに関しては木崎さん、バフィー・セントメリーは三橋さん、ジャズは岩浪さん藤井さんという風に、専門分野がちがう顔ぶれが語り合っているんですね。
糸居さんは、海外、国内っていう言い方が自然に馴染んでいて、スマートでウイットもある洗練されたトークです(外国、日本という言い方のほうが親しみやすいんですけどね、海外、国内っていうのは、渡航経験の豊富さを感じるのです)。
8月6日 -7日にメインステージの司会担当だった糸居さんは、8月9日の大阪フェスティバルホールでのピンク・フロイド単独公演でもステージの司会を務めていました(Bootlegにて確認)。
P.34 - 35
「7月17日の夜」大沼正
『7月17日の夜、ぼくは後楽園球場ネット裏中段の記者席にいた。公称4万という大群衆が、日没前から流れている強烈なロックのビートに、手を叩き、上半身を揺らせ、足を踏みならしていた。「ロックカーニバル#6」むろん日本ではじめての音楽祭である。
……(中略)…… 午後6時、モップスの登場、続いて麻生レミとスーパーグループ、カナダからマッシュマッカーン、15分の休憩が予定され、待望のグランド・ファンク・レイルロードとなるはずだった。
舞台のセッティング中、突如、豪雨が襲ってきた。』(序盤より)
……伝説の“雨の後楽園”のルポです。箱根アフロディーテと出演ミュージシャンに関する期待は終盤でちょこっと語られるだけ。
でも、当時はドームじゃなかった後楽園という屋根のないステージが素晴らしかったことや、会場内のお客さんたちのマナーがよかったことなどをリアルに語っていて、大沼さんはとても読みごたえのあるコラムを寄せてくださっています。
関係ないけど、この原稿、〆切ぎりぎりだったのでは……。7月17日から8月6日のアフロディーテ初日まで、三週間ですもの。
『シカゴが、日本武道舘をいっぱいにし、マッシュマッカーン、グランド・ファンク・レイルロードが後楽園球場を超満員にした。続くピンク・フロイド、1910フルーツガム・カンパニー、バッフィー・セントメリーと日本のジャズ、ロック、フォークの尖鋭たちが競演する「箱根アフロディーテ・コンサート」。
「書を捨てよ街へ出よう」を提唱したのは寺山修司だが、ジャズやロックはいまや密室のような陰靡な場所から、陽光のふりそそぐ「野へ出よう」としている。
音楽を愛する若者たち、立派に自分たちのルールを保っている人々を期待して、きょうの野外大演奏会の成功を信じよう。』(文末より)
P.36 - 39
「愛神アフロディーテと野山のうた」中村とうよう
『ワーグナーの歌劇「タンホイザー」に、ヴィーナスの国が出てくる。ドイツ語で、ヴェヌスベルク、という。』(冒頭より)
……中村さんのページは、ギリシア神話のアフロディーテに相当する、ローマ神話のヴィーナスに関する話題から始まる音楽コラムです。ロックでもフォークでもなく、クラシックがメインの格調高い内容ですが、わかりやすい解説なので思わず引き込まれます。
『ミンネゼンガー(一種の吟遊詩人)のタンホイザーは、このヴェヌスベルクでヴィーナスと仲よくなってしまっている。
だが、年がら年ぢゅう飲めや歌えやの歓楽の国ヴェヌスベルクにいると、やはり飽きてしまうらしくて、のどかで落ちついた地上の国の、ワルトブルクの牧場がなつかしくなる。
そしてとうとうヴィーナスとケンカして、牧童の笛の音の聞こえるワルトブルクに帰ってくるわけだが、ヨーロッパの伝説をもとにして作ったらしい「タンホイザー」で、ワーグナーが、ドンチャン騒ぎのヴェヌスブルクと、静かに牧童の笛の音の流れるワルトブルクとを、二元論的に描いているところがおもしろい。』(冒頭からの続き)
……地上の国がなつかしくなるというところで、ふと浦島太郎を連想するわたしって、やっぱり日本人なのね…。
『タンホイザー』ってストーリーがおもしろそう。ワーグナーは『ニーベルングの指輪』しか見ていませんが(TV録画版。ものすごく長いのよ)、やっぱり神話がモチーフなんですね。
中村さんのコラムは、タンホイザーの飲めや歌えやの遊びの国のお話から、日本の東北の、山遊びの歌のことになり、そのあと日本民謡の牧歌として、馬追い唄、牛追い唄とかが出てきて、箱根につたわる箱根馬子唄に帰着します。
『この明るい箱根の湖畔で、ヴェヌスベルクとワルトブルクの合一をどのようになしとげることができるか、それが箱根アフロディーテの課題なのである。』(文末より)
P.40 - 41
「お山に出てもナゼカ海賊ナノダ」亀淵昭信
『コンサート会場に入って、イザ腰を下す時、手にしているのは、多くの場合、プログラム。でも、最近のロック・コンサート、観客の中に、ズタ袋、紙袋、カバン、ナップ・ザック等々、不思議と目につく。 袋の中は、ナンダロウ? 弁当かと思うと、そうじゃない。テープレコーダー。
切符のウラに「テレコ持ち込み禁止」と書いてあっても、バレなきゃOK、バレてもともと、その通りなのダ!』(冒頭より)
……いわゆるBootlegがテーマのコラムです。
とはいうものの、海賊盤の味方をしているわけではなく非難をしているわけでもなく、海賊盤の存在というものを教えてくれるだけで、具体的な入手方法が出てくるわけでもありません。
が……それにしても、よくこういうコラムが載ったなぁと、感じ入ってしまいます。
音楽雑誌の記事じゃなくて、コンサート会場のプログラムですからね。
お話の流れとしては、こうです(海賊盤の存在を知ってるひとなら誰でも知っていた事柄。作って配布した人じゃないとわからない事柄は出てきません)。
海賊盤の製造過程3種類(1.オーディエンス録音、2.レコーディングスタジオからの流出、3.TVやラジオの番組利用)のうち1番目が最も多い理由にはステレオカセットテープレコーダーの普及があること……海賊盤には粗悪品も多いけどたまには極上品もあること……海賊盤として商売の対象になるのは著名なアーティストに限られること…ここでやっとフロイドの名前が登場、『ビートルズ、ローリング・ストーンズ、ピンク・フロイド、レッド・ゼッペリン、ジミ・ヘンドリックス、ニール・ヤング等超一流と呼ばれるアーティストは、皆、海賊レコードの被害者でもある。』
そのあとは、アーティスト側およびレコード会社による海賊盤対策あれこれ…公式ライブ盤をふやすとかコンサート会場で機材に工夫をするとか……ファンの口コミで取引される海賊盤のうち音質の良いものほど知られざる場所でのやりとりになっていること等々……。
亀淵さんはこの当時、糸居五郎さんとおなじく、(箱根アフロディーテ主催)ニッポン放送で『オールナイトニッポン』のDJ(パーソナリティ)をしていました。
そのせいか、読んでいると曲の合間のフリートークを聞いているような気分になってきます。語り口というか、スタンスが、ラジオのリスナーたちのお兄さんっていうか、若者の味方っぽいというか……。
でも、わたしが今の年になってこのコラムを読むからそう思うのかもしれないけど、文章が先に進むにつれて、お兄さんからおじさんに変わっていくような感じがしました。文体もね、冒頭と終盤ではだいぶ違ってくるんです。
だけど、亀淵さんは、やっぱり、話のわかるすてきなお兄さん。
コラムの結びの部分では、ファンとしては非公式のでもいいから聴きたいって気持ち、ちゃんとわかってるよ、ということを伝えているんです……。
『海賊レコードの問題は、結局、アーティストとファンとの本質論に立ち返る。アーティストは良い作品を発表するのが当然であり、ファンはそれを要求する権利があるということである。
今まではアーティストの権利が総てに優先し、ファンはジッと待たされて来た。
しかし、密造レコード問題によって、ファンの権利が大幅に拡大するなら、アーティストに対して少しのワガママが言えるのなら、こんなに素晴らしいことはないし、それは海賊レコードが為した唯一の功績になるだろう。』(文末より)




