小説を書きたいとは思ってたな。

学生時代の夢

 幼稚園の卒園アルバムには『かわいいおよめさん』と書いてあって、うへぁって感じ泣き笑い

嫁にはなったが可愛くはないな笑い泣き


中学生ぐらいになると漠然と作家になりたいと思い、文芸部や漫研がなかったので学校誌を発行する編集委員をやっていた。

高校生の頃は友達5人で同人誌を作ったりしながらジュニア雑誌に厨二病全開の短編小説を投稿したりしていた。

何かは判らないけど、何かを表現する仕事に就きたいとは思っていて、出来そうなことには片っ端から手を出していた。


フォークソング部で弾き語りもやっていたな。

そう、今では何もかも忘れてしまって弾き語れない私だが、文化祭レベルには一応ギターは弾けてたんよねキョロキョロ

美術部の幽霊部員でもあったから、段ボールに落書きをして、素人ながらステージ美術をやってみたり。

学生の自治が盛んな自由な校風の学校だったので、この高校時代の経験が今に活かされていると思う。

ある程度何でもやらせてくれた両親には感謝している。


↑最後まで見るとちょっと幸せになれるかもしれないPV


大学生になると軽音楽部でバンドはやっていたけど、いろいろあって死にたい症候群に罹患して何度かやらかした。

ダラダラと死ねないままに日々を過ごしていると「このままどっかに就職して人様に迷惑かけず、平穏に過ごせたらいいかな」

と現実的になってきて、何となく秘書検定やら資格をいくつか取得した後に信販系企業に就職して歌うことも止めた。


そこから持回りの社内報エッセイを何度か引き受けている内に「文章、結構面白いよね」ってな話になって、

結婚を機に退職して何故か知り合いの紹介でカメラマン事務所に経理で入った。


ここの社長のご母堂が手広くいろいろな事業をやっている方で「あんた、ちょっと私の仕事手伝ってよ」と

カメラマン事務所の業務には無関係の仕事をちびちびとお手伝いしている内にコネが出来て手を広げていき、現在に至っている。

今でも尊敬している大恩人だ。


今更小説を書きたいとは思わないけれど、何らかの「表現をする仕事に就きたい」という夢は叶っているような気がする。


流れに身を任せて流されている内に何となく今の私が出来上がっている感じで、本当にブログタイトル通り何となく生きてる。

今のところ困ってはいないので多分何も変わらないと思うけど、そこそこ幸せである。

今は生きていて良かったなと思えているから。


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