ここ何日かひどく寒い日が続いていた。
専業主婦の悦子は買い物に出るのも最小限にとどめ、日がな一日アパートに籠りっきりだった。
ぼっぼっと石油ストーブの炎が音を立てる。
灯油切れのサインだ。
悦子は立ち上がり、玄関に置いてある灯油缶を手に取った。
スカッと軽く持ち上がった。空だった。
灯油が残り少ない事は悦子も知っていた。しかし、この寒さ、買いに行くのも億劫だった。
このまま灯油が燃え尽きてしまったら、そう思うと買いに行かずにはいられなくなった。
車で5分もかからないガソリンスタンドで灯油はすぐに購入できた。
灯油を補給しようと、灯油缶のキャップをひねる。
悦子は違和感を感じた。
キャップが強く締められていて開かないのだ。
悦子はキャップをひねる動作を繰り返す。
手が痛くなってきた。それに、冷たい指にはうまく力が入らない。
あのやろう。ガソリンスタンドの若い店員の顔がうかんだ。イケ面だからって、こんなに強く締めなくてもいいんじゃないのか。
一瞬意味の分からない逆恨みをしてみた。だが悦子にもイケ面とキャップが開かない事について何の関係も無い事は分かっていた。
どうしよう。まだ数秒しか経っていないのに、悦子は真剣に悩み始めた。
家には自分一人だけ。
夫は出張に出ていて来週にしか戻らない。
アパートの向かえに住んでいる住人に助けを求めるか。いや、口もきいた事がないし、住んでいるのは知っているが会った事すらない。
こういう時に頼りになる男手は、110番。いや、それは電話口で怒られそうだ。
もしかして、119番。この状況をレスキュー!してくれるはずもないのは容易に想像できた。
怒られるな。悦子はなんだかおかしくなった。
なんでこんな事で。
部屋はどんどん冷たくなっていく。
このままストーブ無しで彼が帰るまで待つか。布団を被っていれば大丈夫だろう。
しかし、出かける用事もあるし、やらなければならない事だってある。ずっと寝ているわけにもいかない。
やはり何としてもこのキャップを開けなければ。
悦子は手のひらを擦り合わせて温めた。
何か使える物はないかしらと、家の中をそこかしこと見回していると、見つけた。
雑巾だ。
これは使える。
悦子はキャップに雑巾を被せて、グイッとねじった。
すると頑固に閉ざしていたキャップが音も立てずに回転した。
勝った。私は勝った。これで凍える夜を迎えなくて済みそうだ。
悦子は静かに勝利を味わった。
一人でも生きていけそうな気がする。
悦子はもう一度くすりと笑った。