マイニチ@SPICE -94ページ目

私に片思いは向かないという話

 人と何かを話している途中で何かに気がついたり発見することってありますが、これもそのひとつです。
 先週のこと、同僚とのお昼ご飯中。
 自分に片思いは向かないということをつくづく実感したものでした。

 片思いは、相手との距離感にもよりますが、あまり相手と意見を戦わせる機会はないと思われます。まぁ何も好きな相手と意見を戦わせなくてもという気もしますが、戦わせないまでも意見を言い合う話し合う機会は少ないような気がします。一方的な片思いであればあるほど、相手との距離が遠ければ遠いほどそうでしょう。(この場合の距離とは物理的な距離だけでなく心理的な距離も含みます。)
 相手の本音を聞くことは困難ですし、相手の気持ちを勝手に想像してひとりもやもやするしかないのが片思いです。まわりの友達も一緒に想像してくれたりして、周囲を巻き込んで片思いしてしまうこともあります。しかしどんなに考えたって相手のことなどまだほんの一部しか知らないのですから、相手の考えなどわかるはずもないのです。それがわかっていてもモヤモヤしてしまう。それが片思いではないでしょうか。
 私は考えることと行動が直結しやすいタイプなので、思ったことは言いたいし、聞きたいことは聞きたいのです。それに対して相手が本音を隠せばおそらくそれに気がつくし、本音の一部でも、欠片でも話してくれたらこの上ない幸せなのです。それが嫌なことでも意見を聞きたい。本当に面倒な性格なのです。
 相手の意見の全てを知りたいわけではなく、欠片でもいいから知りたいのです。しかし片思いよりもお付き合いしている時の方が聞きやすいのは確かであって、片思いというのは『どこまで聞いていいのか?どこまで踏み込んでいいのか?』の加減が非常に難しいと思うのです。お付き合いしていればどこまでもズカズカ踏み込んでいいというわけではないけれど、少なくとも踏み込むことは(相手の人生に関わることは)許されたからお付き合いすることになっているのだと思うので、少しずつでも話が出来るというものでしょう。
 もう本当に、私に片思いは向きません。
 考えと行動が直結する=ストレートですから、相当慎重にならないと『好きですオーラ』も出してしまうし。本当にやっかいです。オーラを消すと存在も消してしまうし。不器用なことこの上ないのです。

 最近は想像することを極力やめることにしました。元々現実派なのに更に現実だけを見つめるように。夢も未来もないオンナになってしまいそうでやや怖くもあります。
 片思いが上手な人が心底羨ましいです。片思いから両思いに持って行くことが上手な人はもっと羨ましいです。両思いを幸せに続けられる人はいうまでもありません。
 まさかこの年になってまで、こんなことを考えるとは思いもしませんでした。誰かを好きになることは自分と向き合うことでもあるのだと改めて感じるのです。

アサイチ4

 気がつけば10月なので、もう衣替えの時期なのですね。
 数日前会社に出勤し、何か違和感を感じつつそれが何かわからなくて過ごしていたら、同僚(女子)が
「あ!!みんながネクタイしてるから違和感なんだ!」
と言ったのです。違和感の原因はそれでした。クールビズでネクタイをしていなかった時期から、一斉に全員がネクタイ着用になったので違和感があったんですね。
 
 それなのに私のワードロープと来たら未だに春夏もの。さすがにもう変えないと。
 今日は秋冬物と入れ替えようと思います。
 いらない服をどうするか悩むところです。寄付出来るところがあればいいのに。

 今日も来てくれてありがとう。
 あなたはもう衣替え済ませましたか?

バス1本見送り

 今夜も飲みなので、いそいそと準備。
 実は起きたのが12時だった。(これには本気で驚いた。)
 掃除して洗濯して布団干して、15時頃から夜着る服選び。16時過ぎまでかかってしまった。まだ秋冬物に服を入れ替えていなかったので、衣装ケースから秋冬物を引っ張り出したりしているうちに『いらない服を選んで捨ててしまおう』と何故か思い立ち、その選別を始めてしまったのだ。人はどうしてこう、時間が迫っている時に限って片付けたくなるんだろう。
 結局2パターン服を選んで、さすがにバスの時間に間に合わなくなると思ったので慌ててシャワーを浴び、化粧をし始めてみたのだけれど。後5分で顔を作れるとは思えず断念。バスを1本見送った。1本早いバスを狙っておいて良かった。
 こうなるとさっき時間がないからと断念したいらない服選びに着手したいところだが、そうするとまた次のバスギリギリになって『うわ!!まだ眉毛描いてない!!』とかなるので手をつけるのはやめておこうと思う。明日のアサイチを書いて、化粧の続きをするだけで次のバスの時間になることだろう。
 29歳になったんだから、そろそろ時間配分が出来るようになりたいものだ。