マイニチ@SPICE -403ページ目

戦士の休息

071129_2321~0001.jpg
疲れた顔してるね。

溜め息がいつもにまして重いよ。

ぐーっと腕を天に突き上げて伸びをしても、伸びきらない体がギシギシと軋んでるよ。

お疲れさま。

毎日頑張ってるね。

そんなに疲れても、体がギシギシでも、頑張ってるんだね。

知ってるよ、あなたの頑張りを。

知ってるよ、あなたの葛藤を。

知ってるよ、眉間のシワも、こめかみを押しちゃうことも。


今はもうお休み。
何も考えずに、お休み。

ワンクリックする度に

 私が病気だとわかった日、弟にメールした。
「私、病気らしいよ。」
 弟から返事が来た。
「お父さんから聞いた。」

 弟とは年に数回しか会わない。
 うちは昔から色々な問題を抱えていて、私は子供の頃から様々な経験をしてきた。私の生い立ちを知っている友達には「ドラマか映画になりそう」と言われる。
 弟はそのドラマの中でも重要人物だ。

 お盆に実家に帰った。
 弟の部屋でパソコンをかまいながら病気の話をした。
「完治方法も発症原因もわからないのよ。もう治らないの。仕方ないよね。」
そんな話をしていたら、弟が言った。

 「そうやってマウスでクリックする度に、『エイッエイッ』って病気やっつけてるつもりでいけばいいよ。」

 子供じゃないのに妙に子供っぽくて、でも最強に励まされて、嬉しくて笑ってしまった。
 名言だ。

 今日も私、何度も何度もクリックしたよ。
 『エイッエイッ』って。
 ありがとう、弟。

鬱になると思った

 久しぶりに、私の病気の話の続きを書こう。
 そろそろ忘れそうだから。というか、もう殆ど忘れてきた気もする。早い。


 ひとまず診断が下って、MRも撮って、結果は大丈夫だとわかった頃。病名が確定して2週間後くらいだっただろうか。夏で、暑くて、日差しが強かった頃。
 私は鬱になると思った。

 毎日仕事が終わって家に戻るとPCを前にした。
 もうこれ以上情報はいらない、もう見たくない、知りたくない。そう思いながらも自分の病名をインターネットで調べては様々な情報を見た。患者さんのホームページで闘病記を読んだり、SLE関連リンクの個人ページへ続くバナーをクリックする度にリンクが切れていることに震えたりした。
 自分は変わらない日々を送れているのに、インターネットから飛び込んでくる情報の残酷さ、無情さ。怖くても自分のことだから知らなくてはと思う気持ち。治療方法が手探り状態という現実。ページ内に溢れる様々な症例、死亡率、発症から何年生きられるのか、何万人分の1という発症確率。
 毎日毎日、同じような顔して会社に行っていたけれど。
 仕事してご飯食べて寝ていたけれど。
 その苦しみは今までに体験したことがない程のものだった。全身を蝕んで行く闇を見た。
 『死ぬんだ。私はもう死ぬんだ。』
 頭から離れない。髪の毛の先まで、今にも死にそうな気がした。世界が暗く見えたし、自分が黒く見えたし、もう何も見たくなかった。

 そんな状況が数日続いた、週末。
 起き上がるのも辛い程の具合の悪さ。ご飯を食べようとも思えない。
 死ぬ、今すぐ死ぬのかも知れない。明日かもしれない。私はもう死ぬんだ。
 それしか考えられなかった。
 1人で部屋にいたら気が狂うと思った。このままでは発狂する。
 辛くて仕方なくて、親友にメールした。
「もう死ぬんだって考えが止まらない。怖い。」
 もっと切実な、逼迫した文章で、私は助けを求めた。
 誰か助けて。このままでは気が狂ってしまう!!!!
 今思い出すと、昼間だったはずなのに真っ暗闇にいた気がする。それくらい全身を恐怖が包んでいた。絶望に包まれた。
 毎日『あ、今日も死ななかった』と思いながら生活して、自分は変わってないって思いたくて必死に仕事もして、会社の色々な人の相談を受けて、家に帰っても同僚の相談メールに返事したりしていた。
 自分はここにいて、生きていて、誰かと関わってるって思いたかったのだと思う。
 でもそれも限界だった。

 親友から「後で電話するから落ち着いて」とメールが来た。
 あまりに苦しくて親に電話し、親と会った。
 父は私以上に苦しんでいたが、気が狂いそうになりながらも親にそれを言えず、ただ会いたいと言った私の前で実に落ち着いていた。現実を受け止めて戦おうとしてくれていることがわかった。一緒にご飯を食べて、泣きそうな程嬉しかった。
 私の為に、自分の人生を犠牲にしてでもそばにいようとしてくれる父の存在がどれほど頼もしかったことか。この父の為に、私は生きて行かなくてはいけないのだと思った。
 2時間くらいかけてご飯を食べ終わるころ、やっと言えた。
 「私今日、鬱になりそうだったの。助かった。今すぐ死ぬわけじゃないし、あと5年10年生きられると思うからもう大丈夫。」
 父が言った。
 「5年10年じゃない、30年40年生きて欲しい。」
 泣きそうだった。

 家に帰って、親友と電話で話した。
 私が落ち着きを取り戻していたので彼女も安心したようだった。
 医療の道に進んだ親友と、難病患者になった私。
 私の生き方を、彼女に知ってもらおうと改めて思った。親友として。何の因果かわからないけど、やっぱり強い結びつきでいられる友として。
 病気のことを一番ストレートに話せる彼女の存在が、自分にとってどれほど大切か、改めて知った。

 
 私が人生において一番闇に包まれた日。鬱になると思った日。いや、多分すでになっていたあの日。
 私を救ってくれたのは私のことを大切に思ってくれる人の存在だった。
 助けられた。一生忘れない。
 あの闇の恐怖と、あの父と親友の言葉を忘れない。他の様々な細かいことは忘れてもいいから、これだけは忘れない。


 そして今日も私は元気に生きています。