
さて、今日は私の競技歴「第2弾」をお送りします!
まだ、第1弾をご覧になっていない方は見て下さいね!
第2弾「高校編」

壮絶な中学時代を過ごした私ですが、
奇跡的に1回だけ、3000Mを9分33秒で走ることができました。
これは全国的にみれば大した記録ではありませんが
東京ではそこそこの実績でした。
おかげで、勉強が大の苦手な私でしたが
某私立高校にスポーツ推薦で入学することができました。
しかし、中学の部活動と高校の部活動のレベルの差は歴然で
入学当時はとてもついていける気がしませんでしたよ。
つくづく、中学は遊びだったと痛感しました。
中学時代と何が大きく違ったか・・・
まず、中学時代にはいなかった怖そうな先輩がたくさんいること。
通学に1時間も電車で通わなければならなかったこと。
さらに体育クラスだったため女子がいなかったこと。
体育クラスの野球部やサッカー部、バレー部のやつらが「いかつい」こと。
体育クラスだったので、教師が鬼だったこと。
今だったら体罰で訴えられているようなことを平気でやられてました。(笑)
さて、そんな環境下で陸上の方ですが、
高校のデビュー戦で5000Mに出場をしました。
記録は15分51秒だったと思います。
高校では1年生からチームの代表になることができ、
都大会のメンバーや東京都高校駅伝のメンバーになることができました。
都大会の成績は3年生時に19位が最高です。
1、2年は予選落ち。
高校駅伝では1年時に6区で区間賞を獲得し
この年は関東大会まで進むことができています。
関東大会では4区を走りブービーぐらいだったと思います(泣)
2年、3年では1区をつとめましたが、関東大会に進むことはできませんでした。
さて、高校は無事に過ごしているかにみなさん思ったかもしれませんが
やはり書かなくてはならないのが
そう!オヤジエピソード!(笑)
当時オヤジは自営業でかなり苦しんでいました。
そんな中で、私立高校に通う私の学費はかなりの負担だったと思います。
高校2年生のある日オヤジに・・・
「高校辞めて働いてくれ」と言われました。
子供心にとてもショックだったことを今でも覚えています。
オヤジと二人で陸上部の顧問に辞めると話に行った時、
顧問の先生は辞めなくても済むように奔走してくれました。
いや本当に恩師ですよ。
先生は、「こいつは可能性がある、まだまだ荒削りで気分屋で結果はついてきていないが、このような苦境を乗り越えれば必ず大成するから、辞めさせないで欲しい」と言ってくれた言葉、今でも忘れていません。
先生が奔走してくれたおかげで奨学金を借りることができ
なんとか辞めなくて済む事になりました。
先日、先生と久しぶりに再会し当時の感謝の気持ちを伝え
ごちそうをしました。
先生は、教え子にごちそうになるなどプライドが許さないと言っていましたがね。
深いい話になってしまいましたが、
中学時代に続きオヤジのおかげで
少しの苦境に立たされても動じない不動の心を手に入れる事ができました。
我が子には同じ思いをさせまいと思っていますが。
最後に
高校時代のベストタイム!!
1500M 4分23秒(中学時代のまま)
5000M 14分50秒
10000M 31分41秒
今回のお役立ち情報!!

第2回目のお役立ち情報です。
中学や高校、大学などで走っている選手も
サラリーマンやOLなど市民ランナーのみなさんにも共通です!
マラソンは他のスポーツと比較すると才能より努力が占める割合が高いです。
ですので、今回は
「継続は力なり」
マラソンは毎日コツコツ少しずつ続ければ必ず力になります。
コツコツ少しずつやって行きましょう!
練習方法などは今後記事にして行きますので楽しみにしていてください!
ではでは