ズン、ズン、ズン……♪
とある場所にある階段を降りた地下一階。真っ黒な扉がいくつかあり、そのうちの一つの側に、いかにもというマッスルバーの看板が貼られている。
私はそこで数分ほど立ち往生していた。
いや怖。なにこの重低音響くメロディ。ナイトクラブとかでしか聞かないでしょこんな音。パリピすぎん??今から私ここに入るの??
何を隠そう私は陰キャだった。こんなのビビり散らすに決まっている。私の居場所じゃないと本能が訴えている。
だけどもう入り口。数日前に急にマッスルバー行きたい欲に駆られてから勢いでここまでウッキウキで来てしまったんだけど…。
どうしよう。猛烈に後悔し始めた。
けれどせっかくここまで来たのだし、ここから帰るという選択肢は無いか。
一呼吸してから扉をゆっくりと開けた。扉で抑えられていた音楽が膨らむように大きくなって耳を刺激する。泣きそう。
中の店員さんと目が合った。黒いスラックスに白いシャツ、黒髪の真ん中分け。オシャレに気を遣っていて、自己愛がありそうな爽やかな男性だった。
私はこういう人に弱い。別に虐められたとか馬鹿にされたとかではないけど、何故か勝手に内心で引け目を感じてしまって、目を合わせるのが怖くなってしまう。だからもうこの時点で心の中のチワワが震えていた。
そんなお兄さんに、あれ?という顔をされて、こちらもおや…?となる。近づいてきた。「ご予約はされてますか?」いやしていない。ノリで来たからだ。もしやまずかっただろうか。なるほどね、という顔をされた。やめてその反応小心者にはめっちゃ怖いから。
普通に入れた。身分証出したり名前確認したりとかはあったけど、意外とスムーズに。予約無しでも大丈夫だった。良かった。それにしてもあのお兄さん格好良かったな。
薄暗い店内を案内される。紫の照明で妖しげな雰囲気だった。思ったよりは広くない。ワンルーム的なサイズ感だ。その壁の端にソファとテーブルが何組も置いてあって、それでお客さんのグループを仕切る仕組みのようだった。
丁度空いていた入り口に近いところに案内される。他には3グループくらいお客さんがいて、2人組で来ている人が2、1人で来ている人が1。ちなみにカップルで来ている人もいた。そういうのもアリなんだ〜楽しそう。なんて呑気に思っていた矢先、店の奥側にいた1人客の女性を見てギョッとした。
めっっちゃ顔の距離近くない!?え、恋人!?付き合ってんの!?ホストでもそんな距離感しないでしょ…!?(ホスト行ったことないけど)しかも韓国アイドルみたいなお兄さんとこれまた美人なお姉さんだから絵になる…!!そんな2人がイッチャイチャしてる……!!
こわ。戦慄した。何故なら想像していたマッスルバーはもっと明るい店内で賑やか!楽しい!きゃっきゃ!みたいなイメージだったからだ。(ちゃんと調べろ)私マジでここに居ていいの?服装ラフな感じで来ちゃったんだけど。と内心ガクブルでビビり散らしていた。
けれど案外そんな心配も要らず、最初の説明に来てくれたのは朗らかなレスラー体型のマッチョと新人さんのマッチョだった。
助かった。
和やかな雰囲気で話しかけてくれ、新人のお兄さんから紙芝居方式でシステムの説明を聞かせてくれた。(タイトルを店員の全員でコールしてくれたので笑ってしまった)
簡単にまとめると、店内通貨の紙幣があって1枚100円、それが基本10枚組で売られているらしい。
よく聞くハグとかのメニューも、1番安くて5、大体10、大変なものはそれ以上でお願いできるらしい。
なるほどね。
「時間どうします?」的なことをさっきの入り口にいたお兄さんに尋ねられ、とりあえず予算内ということで予め決めておいた1時間くらい、というのを伝えると微妙な顔をされた。な、何故……?だからやめてってば格好いい人にそういうのされるとオタク怖くなっちゃうんだって。
結論から言うと全然大丈夫だった。
ちなみにレスラー体型のお兄さんに後で聞いたことを補足しておくと、ここの店は基本2時間制でお店が回ってるらしくて、特別なパフォーマンスもその区切りで行っているらしい。だから私が行ったのは本当に微妙な時間帯だったらしい。いや知らないよ、HPにそういうのも書いといといてくれよ。
次行く機会があったら反省を生かして予約したい。
とりあえず何飲みます?ってメニュー渡されて、ことごとく「マッスル」を語頭につけられたお酒たちが並んでいた。(ちゃんとソフトドリンクもあったよ)飲みたいんですけど実はお酒弱くて…的な相談をしたら、なんか色々調整してくれるっぽかったので、じゃあ、ってことでマッスルピーチウーロンを頼んだ。
死ぬほどでけぇジョッキで来た。
高さが私の拳3つ分くらい。
え………なに?私死ぬんか…………?
ワンピースの世界でしか見たことねぇよこんなん。どうしろってんだ。
「乾杯しましょうか!」って言われたのでヤケクソで両手で持って乾杯した。重ぇ。
でも気を遣ってくれたのか、アルコール度数は全然無くて思ったよりジュースだったので助かりました✌️
ありがとうお兄さん。
「じゃあメニューどうします?」って聞かれてこれまたメニュー表を差し出された。
ハグとか床ドンとか、Tシャツ破るやつとか、色々あったけど名前だけじゃ想像がつかないものもあったので今後勉強したい。
元々何故マッスルバーに来たかというと、格好いい人とハグしたい♡お姫様抱っこされたい♡というミーハーな少女思考からだった。
金さえ払えればやってくれるんだろう、という高笑いの似合う悪の代官のような企みで行ったのだ。
あと果物を手で絞ってジュースにするやつを見たかった。面白そうだったから。
けれども陰キャ代表の私としては、こう実際に人を目の前にすると、「あ、じゃあ抱いてもらっていいっすか」とは言えず、やって欲しいことはあるが自尊心とプライドと羞恥が邪魔をして言えなかった。
なのでとりあえず果物絞るやつをやってほしかったので、それをお願いした。
①おわり