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Willemのブログ

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年齢を重ねるごとに音楽の好みというものは変わっていくものですが、
今回は自分の音楽観を変えた人たちについて触れていきたいと思います。

クラシックに目覚めたのは、小学4年の頃で、ラジオで「美しく青きドナウ」を聴いたのがきっかけでした。
そこからボレロ、第九とカラヤンのCDを集めて、どんどんハマっていきました。
当時カラヤンしか知らなかった自分は「全部カラヤンで揃えれば間違いない」と思い、名曲を彼のCDで集めようとします。

そこで大学浪人時代に仙台の新星堂に通い、昼食代を削って、CDを買うことになります。
いつも接客してくれたBPhのティンパニ奏者、ゼーカースに似た店員さんのTさんに色々教えてもらい、カラヤンが絶対でないことを知りました。
Tさんに「同曲異演はいくらでも後から手に入る。今はとにかく音楽の幅を広げることだ」と言われたのですが、自分はなかなか曲の幅を広げることが出来ず、交響曲ばかり聴いていました。
特にFMラジオで聴いたカラヤンのマーラーの9番はずっと忘れることが出来ず、これがきっかけでマーラーへと開眼していきました。

大学に入り、上京してきてからも大きく音楽観が変わることはありませんでした。
変わった点といえば、ピアノ曲も好きになり、ポリーニやミケランジェリの演奏(特にショパン)を聴くようになったこと、あとはフルトヴェングラーに一時期ハマり、そこからチェリビダッケにやみつきになったこと。
正直フルトヴェングラーはすぐに飽きてしまいました。今でもその気持ちは変わりありません。

ここで「変わらない」と言っているのは、今まで挙げてきた音楽家が「響き」重視でザハッリヒな表現をすること。
他にはムラヴィンスキーなど。


でも、この路線が大きく変わったのは、メンゲルベルクとの出会いでした。

ディスクユニオンに行って、「麻薬と言われるメンゲルベルクを聴いてみたいんですが」と親しい店員さんに聞いて、視聴したCDがあの有名な「第九」ですw
止まるようなリダルダントに手に汗を握りながら、何回も繰り返し聴きました。
あのヨダレだらだらのようなポルタメント、一方であの主観的表現を支える強靭なアンサンブル。。。

メンゲルベルクは音楽を彼のものに「編曲」してしまいますが、それがどれも曲の魅力を失うことなく、
むしろ輝かしいものに聴こえるのです。

昔からどうもバーンスタインが苦手で、「感情移入」をすると、彼のようになってしまう(もちろん彼を全否定するわけではなく、特にマーラーは好きです)、という先入観があったようです。

ヤンソンスはインタビューで「楽譜から曲を読み取ろうとする場合に、そこには必ず指揮者の主観が入ります」と言っていた意味がここで改めて分かりました。

かつてはBPhの大ファンで、ラトルを追っかけていた時期もありましたが、今はすっかりRCOの虜。
特にハイティンクが好きです。
実はCSOとの来日公演でマーラーの6番を聴いているのですが、ハンマーがミサイル台のような形していた以外、特に感動しなかったんです。
ただ、彼への評価が変わったのは、LSOとのベートーヴェンの全集を聴いてから。
悪い言い方をしてしまえば「楽譜をなぞる」ことしかしなかったハイティンクがここまで刺激的なベートーヴェンを演奏するんだ、というのが驚きで、それから彼の音源を色々あさりだし、ついにはコンプリートを目指すようになったわけです。

こんな感じで音楽観は変わってきましたが、これから大きくブレることはないでしょう。


なお、今注目の演奏家については、機を改めて書きたいと思います。