私は、沈黙が苦手だった。

誰かと一緒にいると、

少しでも会話が止まると不安になった。

 

「何か話さなきゃ」

「気まずいよ~」

 

って、頭の中でぐるぐる考え始めてしまう。

誰かとデートでもそう。
 

隣に座っても、歩いてても、

沈黙が続くと落ち着かなくなる。

 

その空気が怖くて、無理に話題を探していた。

言葉を交わしていないと、

相手に受け入れられてない気がして。

 

「沈黙=拒絶」みたいに感じてたんだよね。

でも、本当に心地いいひとって

沈黙の間もそわそわしない。

 

何も話さずにスマホをいじってたり、

ぼんやりテレビを見ていたり。

 

それぞれ好き勝手してても心地いい時間が流れる。

空っぽじゃない、ちゃんと温度がある時間。

相手の存在を感じながら、自分も安心してそこにいられる。

その空気の中に、やさしい信頼が流れてるのかなと思うんだ。

沈黙が拒絶だと思う必要がなければ、

自然と気まずさもなくなり、

私は人といても無理に話さなくなった。

 

最近は沈黙の時、相手が

がんばって話題を作ってるなと感じると

 

「ごめんね、そんな無理に話さなくても大丈夫だよ」

 

って思う。

 

言葉じゃないコミュニケーションでも、

充分に人と関われることを知ったから。

 

ふと目が合った瞬間に微笑むとか

 

「あなたのことを受け入れてますよ」

 

という言葉より

 

ずっとあたたかいサインは言葉じゃない方が、

むしろ心地いいんじゃないかと思う。

沈黙が怖いときって、相手を信頼できていないか、

自分を信じられていないときなのかもしれないね。

相手が何を考えてるか不安で、

「嫌われてない?」って探ってしまう。

でも沈黙って“間”なんだよね。
その沈黙があるからこそ引き立つものがある。

たとえば、

 

行為の途中の一瞬の静けさとか、

何も言わずに抱きしめ合うシーンとか。

 

その沈黙って、単なるエロじゃなくて、

心と心の“調和”の表現なんだと思う。

本当に信頼できる人といると、

沈黙はコミュニケーションの一部になる。

 

言葉を交わすよりも、

 

「いま、ここに一緒にいる」

 

という実感がある。

 

その安心感って、刺激や会話では埋められない気がするんだ。

もちろん、すべての沈黙が心地いいわけじゃない。
 

無関心から生まれる沈黙は、やっぱり寂しい。
 

でも、ちゃんとお互いを想っている沈黙は、

小さなぬくもりを感じる。

たとえば、疲れて帰ってきて、

旦那が何も言わずに隣に座ってくれるだけで、

ホッとするような、

 

「今日も頑張ったね」

 

って言葉よりも、静かな寄り添いのほうが嬉しかったりね。

 

今は沈黙の時間を“埋めよう”とするんじゃなく

“味わおう”と思えるようになったのかな。

静けさの中に流れる信頼を感じられるようになった今、

私はようやく本当の意味で「人と一緒にいる」ことを知ったのかもしれない。

 

 

 

まるこ

 

 

 

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