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去年の8月28日
孫の私が、いつも作る料理に犬マークのソースをかけては
しょっぱいと、味見してから食べてくれよと、いつも思っていた祖父が
この世を去った。そして、もうすぐ、亡くなって一年となる。
祖父は大正13年9月7日生。
長男は、早くに亡くなった為、祖父が二男だが長男として育つ事になる
長男が亡くなった事もあり、大切に育てられたせいで
わがまま放題で育ったらしい・・・
聞いた所によると、肘をついて食事をしていた事を言われただけで
ちゃぶ台をひっくり返したり・・・・・・
父親になってから娘が漬物を食べてもらおうと持って行ったら
醤油がかかっていないだけで投げつけたそうな・・・・
でも、そんな祖父の話しを聞いただけでも涙が出る・・・・
だって、最期に私にだけ『ありがとう』と言ってくれたから。
祖父の娘達や息子である父にも、母にも、私の妹達にも言ってなかった言葉。
肩に癌細胞が転移して、相当痛かったのだろう・・・・
気休めでもいいから、さすってくれなのか、いつも私の名を呼んでは
上の方だ、下の方だと1回15分くらい擦っていた・・・
そのマッサージの回数もどんどん増えて、
私の睡眠も脅かされるくらい夜中も呼ぶようになったから
見かねた妹が皆が睡眠不足になるからとピシャリと言った。
それ以来、言葉も発さなくなり、弱りはじめた・・・
後から、考えるが、もっと何かしてあげれば良かった
辛かったんだよ、きっと。痛みが我慢できなかったんだよ。
私が最期に病室で会った時に、また来るねって言った時
もう声が出せないはずなのに、うんっ。て言ってから
私が夏風邪引いて結局会いに行けなかったけれど
きっと待っていたんじゃないかと思ってしまう。
最後のマッサージした時に言われた
『忙しいのに、ありがとう・・』は
おじいちゃんのこれまでのわがまま放題ぶりを
どうにか皆に謝りたくて
孫の私に託した言葉だと私は思う。
だからこそ、私は祖父に関わった全ての人に
わがままだったかも知れないけれど
『ありがとう』と素直に言っていた事を伝えていこうと心に決めた。
そして、私の心にも、ありがとうの言葉は温かく響いているよ。
もっと前から、ありがとう言ってくれてたら
皆の心も温かくなっていたはずなのにね。
不器用なんだから。おじいちゃんは。
でも、大好きだったよ。楽しかったよ。
ありがとう、おじいちゃん
小さい頃から悲しさと寂しさを隠し続け
誰かの為と自分と同じ目に合わせないようにと思うあまり
その時、その場所で苦しんで見える人をみかけると
どうしても、なにがなんでも
自分が最後の一人となってもいいからと、手を差し伸べ続けてた・・・
だけど、そのせいで自分の事は疎かになり
周りは、おもしろくないが如く、遠ざけていく様になった
けれども、私は、その時その時、嫌な事は嫌とはっきり発言してきた・・・
自分の気持ちに同じ悲しさがあろうとも
助ける事で、笑顔でその人が語りかけてくる程、嬉しかった事はない・・・・
たとえ一時でも、私は誰かの為に幸福感を与えたかった・・・
自分のこの気持ちが、いつか私のような人に理解される、その日まで
覚えていよう。その日まで。救わ れるその日まで。
そして自分の幸せだけを考えられる、その日まで。
