自分の歴史第二弾


前回のblogでは、


生い立ちを描いた。


かわいそうとか大変だったねとか


わかるよと


過去に何人かに言われたけど、


同情も、労りもいらない。


わかるよなんて言われたくもない。


わかるわけない。


ある日、いきなり、あなたは血が繋がってないと。


戸籍で現実を知った気持ちなんて


経験者しかわからない。


ただ、そうゆう人が世の中には


数多くいて、


それぞれが葛藤しながら生きてる。


それだけを伝えたいだけ。



さて、18歳で実家を出て、


美容師人生がスタートした。


先輩は腰にシザーケースを下げて、


おしゃれな服着て


実年齢より若々しく、


憧れの世界。



ココで


自分は世の中の現実を突きつけられる。


それは、プロになるには、


並大抵の想いじゃなれないという現実。


まさに、ボコボコにされた。


毎日毎日くる日もくる日も、


練習の日々。


月に一回の技術、知識テストに受からないと、


お客様に入れない。


つまり、受かり続けないと、


生産性の無いお荷物。


僕は、


シャンプーが苦手だった。


何回も練習しても、


何回も落ちた。


気持ち良く無い。


そのレベルなら、どこにでもいる


使えないね。


そこまで言うか?と何回思ったか。


けど、たった1人の先輩が、


嫌なら辞めればいい。


けど、言われて悔しいなら、


黙らせてやればいい。


俺が面倒見る


たった1人の先輩がめちゃくちゃ優しくしてくれた。


たぶん、一生忘れない。


それから、


毎日、先輩は、寮に来て、


自分の頭を貸してくれた。


もちろん、実際にシャンプーするわけでなく、


ドライシャンプーで。


くる日もくる日も。


めちゃくちゃ厳しかったけど笑


まだダメだ。


下手くそ。


出来るまで寝るな。


とにかく厳しかったけど、


出来ない奴には言わない。


出来るんだから、やれや。


その時に初めて、この人についていこうと


決めた。


出来ない奴には言わない。


それからは、


シャンプーも合格して、


僕の快進撃が始まった。


以降のテストは全て一撃必殺だった。


その人と一緒に。


負けたく無い。


その一心で駆け上がり、


23歳で店長になった。



そして、独立心があったから、


独立したい!!


そんな思いが抑えきれなくなってきた。


結果25歳で独立を果たすのだが、


けして、1人ではなしえなかった。



そう、僕は離婚している。


店長になる前から、


付き合ってきた美容師の女性。



苦手な事は全て丸投げした。


不動産の契約、お店の内装の打ち合わせ


ホームページの作成、


プライベートでも、


いつも支えてくれた。


そして、お店も絶好調。


予約が取れない店と噂になり


大阪、福井、岐阜、三重、静岡、長野などから


毎月通ってくれる人もいた。


まさに順風満帆。


全ては完璧に尚且つ一撃必殺の売り上げだった。


しかし、


お互いに人間。


少しずつ、歪みが生まれつつあった。


いつしか、歪みは大きくなり、


このままだと、破壊する。


そう、僕は破壊する習性があるらしい。


どーでもよくなると、


ぶち壊しにかかる。


そんな予感がして、


居酒屋でサシで飲んで

一回だけ父親に打ち明けた。


離婚しようと思う。と。


父は、黙って酒を飲んでた



それから、僕は離婚した。


離婚理由は、


色々あるけど、


離婚した事に後悔はない。


自分で決めた事だし、


あの時あーしてればとかもない。


離婚が決定した時のスッキリ感。


ただ、そこから、人生は狂い出した。


自分の想像と全てが逆へ流れていった。



僕は強がった。


平気な顔して、なんとも思わないように


オラってきた。


けど、内心は不安で消えたかった。


形にこだわるあまり、


色々無くした。


形、そう、家族が欲しい。


必要とされたい。


お互いに秘密のない関係。


帰ると、おかえりとただいま。


愛のある嘘とかも大嫌い。


お互いの苦手を汲み取る関係。


でも、コレは非常に難しいらしい。


つまり、結婚不適合だ。


けど、それが俺であり、


仕方ない。


名古屋の新栄のとある場所に、


こんな張り紙がある。


生きていけるよ


大丈夫


しっかりおやりよ



なんか応援してくれてるような気分になる


勝手な解釈だけど。


必要とされるって嬉しいよね。


さぁ、今日は一日雨みたいだけど


元気にいきましょう🫡