さーてと。四大陸までのあいだは、全加、ヨロ戦、全米前後に出た記事を、ちょろちょろ感想を書いていきましょうかね。
本日は、タマラ・モスカヴィナ女史がロシアスケートの未来について語った記事のリンクを貼っちゃおうかなっと。
こちらです→ http://www.usatoday.com/sports/olympics/2008-01-24-3952767049_x.htm
いまとなっては呆然とするほど素晴らしい成果ですが、トリノオリンピックで、フィギュアスケート王国ロシアは、女子シングル以外のすべてのカテゴリーで金メダルを獲得しました。そして、女子シングルでも、スルツカヤ選手が銅メダルを獲得しました。
これほど華々しい戦績が誇られた翌年から、フリーフォールのようなすさまじいスピードでロシアの凋落ははじまりました。
チャンピオンメーカーのひとりとして、ロシアの繁栄を支えてきたモスカヴィナ女史は、現状をどう見ているのか?
ちょっとダイジェストしながら、まずは記事を、日本語にしてみますね。
それではいつもの言い訳です。灰原には英語力がなく、これからお目にかける本文は、機械翻訳を日本語らしく整えただけのもので、翻訳といえるほどの精度はありません。わからないところは飛ばしていたり、想像で内容を補っていることもありますし、記事そのものをダイジェストもしています。当然間違いもありえまくりです。
よろしければ、原文もご覧いただけるとうれしいです。
それでは、本文にお進みください。



【USATODAY:モスカヴィナは、王国ロシア凋落の、その先を見据える】


クロアチア、ザグレブ。
タマラ・モスカヴィナは、過去40年にわたって、ソヴィエト連邦、そしてロシア共和国のフィギュアスケート全盛期を支えました。オリンピック金メダルペアを育て上げもしました。
現在、ロシアの栄光は薄らいでいますが、モスカヴィナ女史は、祖国は氷の上で復活できると考えています。
「あらゆる分野において、浮き沈みはあるものです。たしかにいま、わたしたちは低調です」と、モスカヴィナ女史は言います。「でも、わたしたちはすでに底を打ち、上昇を始めました」
いまは無きソヴィエト連邦、そして、現在のロシア共和国は、1965年から2006年にかけて、あわせて95もの金メダルをヨーロッパ選手権で獲得しました。
しかし、時代は変わりました。2006年トリノ五輪以降、ロシアの星たちはつぎつぎにリンクを去りました。スルツカヤは出産し、プルシェンコ選手も競技には参加していません。そして、アイスダンスのナフカ&コストマロフ組、ペアのトトミアニナ&マリニン組はペアスケーターとしてアイスショーで活躍しています。
彼らが氷上を去ったことで、2006年にすべての金メダルをさらっていったのとは一転、2007年ヨーロッパ選手権で、ロシアは2つのメダルを取るのがやっとでした。
ロシアがいままで隆盛していた理由は、いくつかあると、モスカヴィナ女史は言います。
「さまざまな要因が組み合わさっていました。文化、システム、政治制度、教育制度、スポーツ科学、価値観」と、彼女は言います。そして、なぜなにもかもが上手くいかなくなったのか、よくわからないと付け加えました。
「1本のネジが外れたために、すべてが瓦解したのかもしれません」
ソヴィエト連邦が崩壊したのは1991年でしたが、その影響は、2006年までロシアフィギュアスケート界に現れなかった、ともいえます。
「わたしたちには、才能ある選手と、コーチの《蓄え》がありました。結果的に、以前すでに見出された者たちだけが成長し、我々はそこから成果を刈り取り続けたのです」
この2年、ロシアのシングルスケーターは誰ひとりグランプリファイナルに進出してはいません。かつて、その場所で、アレクセイ・ヤグディンやエフゲニー・プルシェンコ、イリーナ・スルツカヤが君臨していたのです。
現在、ロシアのスケーターたちは、世界ランキングトップ10に入るのにも苦労しています。2008年イエテボリワールド、ロシアは、シングルカテゴリーでは、男女ひとりずつの枠をしか維持できませんでした。数年前まで、彼らは3枠を確保し続けていました。
モスカヴィナは、生命と人間の活動の周期的な性質に言及しました。
「低迷期はどんな会社にもふつうに起こることです。いま、わたしたちは低い位置にいます。けれどわたしは、いまいる場所が、あまりにも低い、とまでは、思いません。たったいま、スケーターたちの新しい成長が始まっています。たぶん、すぐには結果は出ないでしょう。けれどわたしたちには、いまこそ新しいコーチ、そして新しい才能を持った選手を、開拓する必要があるのです」
モスカヴィナ女史は、現在のロシアスケート界の好材料について話し始めました。その状況は、1990年代のアメリカスケート界の置かれた状況とも似ています。
「2002年、そして2006年のオリンピックの好成績のおかげで、いま、ロシアでフィギュアスケートは非常に人気があります。政府と国民の興味は、ありがたいことに、我々のうえにとどまっています。おかげで、フィギュアスケートを取り扱ったテレビ番組が作られたり、ついにはナショナルスケートアカデミーも創立されることになりました。これらの投資は、将来の世代の成長を助け、さらには、競技の人気と政府からの援助をもっと大きくするはずです」
ロシアは、ソビエト連邦時代の1960年からずっと、オリンピックタイトルを失ったことがありません。彼らチャンピオンたちが、祖国の窮状を助けるかもしれません。
2002年ソルトレイク五輪、アイスダンス銀メダリストのイリヤ・アベルブフはビジネスマンです。彼の主催するアイスショーツアーは、アメリカで開催されている「スターズ・オン・アイス」とも似ています。彼のショーは、毎週土曜日夜のプライムタイムにテレビ中継されています。
かつて、練習場所を探し回らなければならなかったスケーターたちは、彼ら自身の人気と実力によって、練習環境を確保しはじめています。
かつて国外に流出したロシアの頭脳たちも、続々と帰国しています。モスカヴィナ女史は、以前、ニュージャージー、ハッケンサックのアイスアリーナで、ベレズナヤ&シハルリドゼ組を4年間指導しました。現在彼女はサンクトペテルスブルクに戻り、そこを本拠としています。1993年のアイスダンス世界チャンピオン、アレクサンドル・ズーリン氏は、モスクワでコーチをしています。コーチたちの帰国の結果は、スコアに現れはじめています。
ロシアはジュニアグランプリファイナル、アイスダンス競技において、メダルを2つ獲得しました。
ザグレブで行われた2008年ヨーロッパ選手権では、ドイツのサフチェンコ&ソルコビー組が優勝しましたが、ロシア代表組が銀メダルと銅メダルを獲得しました。
川口悠子&アレクサンダー・スミルノフ組は、スロークワドサルコウを成功させ、銅メダルを獲得しました。川口悠子選手は、これから、どんなふうにドイツペアと戦っていくつもりであるか、という質問に、こうこたえました。
「わたしたちは、ほかのペアに勝っていくためにはどうすればいいのか、よくわかりません。でも、わたしたちのコーチはよく知っています」
彼女たちのコーチこそ、タマラ・モスカヴィナなのです。



はい、書き取り終了です。おつかれさまでした。
モスカヴィナコーチは、現在のロシアのスケート界が低迷していることを認めたうえで、「でも、もはや希望が見出されている」と、思っていらっしゃるようですね。たしかに。
オリンピックでのメダル特需によってテレビでフィギュアスケートがたくさん放映され、競技者が増えた……ってとこまでは、日本でもちょっと現状似てますけど、リンクがどんどん増えているとか、ナショナルスケートアカデミーが作られるとか、そこまでじゃないもんなあ。
なんといっても王国ロシア、もともとの地力も蓄積もあるわけですから、ほんの4~5年後には、覇権復活してても、なんらおかしくはない状況に思えます。ソチ五輪を控えて、強化の予定も組まれたようですし。
ひとりの突出した天才が、その国における競技の認知を高める、というのは、スポーツ界でよくあることです。伊藤みどりさんしかり、卓球の福原愛ちゃんしかり。だけど、スポーツ選手は、どんなに競技人生が長い競技であっても永遠に現役でいるわけにはいきません。
天才がもたらした認知率を、恒常的な力に変えて、強化を続けていく。結局は地道な強化や環境の改善が、競技の長い人気と、新しい才能の現出を助けるのですね。
ソヴィエト学校時代には、ようするに、国民的人気があろうがなかろうがスポーツには予算が組み込まれていたわけですよね。人気がさらなる強化に結びつくという、資本主義的な現象が、いまようやく、ロシアで始まったのかもしれない……そんなことを思いながら記事を読みました。
それにしても、川口悠子選手は、すっかり、ロシアの選手になってしまわれましたね。
とくにペアはソヴェエト-ロシアのお家芸と言われたカテゴリーで、メダル獲得のプレッシャーも大きいと思いますが、頑張って欲しいです!




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