本日、市原都知事の記者会見で都知事がこんな発言を・・・・
「津波は天罰、我欲を洗い流せ」


と発言・・・・・


おかしくね?死者千人以上出てるのに
天罰?我欲?自分さえよければいいと思ってるの?
それが被災者に対して言う言葉か?おかしいだろ!

これでいいのか東京都!

東京電力も停電するたらしないたらどっちだよ!
停電される側の気持ちになってんのか!?

福島原発は大丈夫なのか?

久々に
俺の怒りが有頂天!
皆さんは任天堂は知っていますか?
言わなくてもわかるんですが、あの任天堂です

今日はちょっとした豆?歴史を書こうと思います

皆さんは「横井軍平」と言う人を知っているだろうか
多分、普通に遊んでる人にはよくわからない人物であろう。

ゲームボーイの、いや任天堂を世界に進出させた人と言った方が多分いいであろう

東京オリンピックが開催された昭和40年4月、横井氏はその会社の面接を受けた

彼は電気系の会社を受験して、ことごとく落とされていた
そして任天堂の面接で「いったい何をするんだ君は?」と言われたらしい
それもそのはず、当時の任天堂は「トランプ・花札の任天堂」だった
電気系の欠片もないその会社に彼は就職した

今の任天堂とは全く違う小さな会社に就職した彼の仕事は工場の機械の保守点検だった
一日の仕事は数時間に1回の工場の機械の点検だった
特にやることもなく一日の大半をデスクに座って過ごしたと言う

彼は子供のころから物作りが好きだった、その物作りの楽しさから歯車は回りだした
彼はこう語っている

「もともと、私は物作りが好きなもんですから、工具課にある旋盤や機械を見つけたんです
 それを使っておもちゃを作って遊んでたんです」

仕事中そのおもちゃで遊んでいた横井氏、それを偶然見つけた当時の任天堂社長山内氏の目にとまり
役員室に呼ばれた

怒られるとばかり思った彼に山内氏はこう命じた「そのおもちゃを商品にしてくれ」
横井氏は耳を疑ったという

その後商品開発部に転属になった横井氏はおもちゃを作った
それがマジックハンドの元祖とも呼ばれるウルトラハンドだった。

それから行く月日が流れたある日、横井氏は新幹線の中で電卓で遊ぶサラリーマンを見て
歴史的作品で任天堂のゲームの基礎となるゲーム&ウォッチを閃く
直ぐに本社と連絡を取り社長の承諾を取ると当時液晶分野で高い知名度を誇っていたシャープに
液晶製作を依頼、この時任天堂のゲームには無くてならない十字キーも発明している
かくして1980年ゲーム&ウォッチは発売された、当時ターゲットは大人に絞っていたが子供にも人気が出た
この時から彼が亡くなるまで守り続けた哲学「枯れた技術の水平思考」というものがあった
使い古された物でも見方を変えればまったく新しい物が生まれると言う哲学である
この哲学はニンテンドーDS、wiiにも受け継がれていると発売当時に社長が語っている

ゲーム&ウォッチが発売された後横井氏は任天堂の社運をかけたプロジェクト「スタジアム計画」に参加、
当時「スタジアム」と呼ばれていたこの機体こそ「ファミリーコンピューター」ファミコンである
横井氏は機体の方の開発を任されていて低コストな赤と白のプラスチックを使った機体カバーやコントローラーを開発している

そして、このファミコンで任天堂はゲーム業界でトップに躍り出ることとなった

話が長くなったので続きはまた後ほど・・・・
・・・何時だろう、あの世界に降り立ったのは・・・・・

あの人が通った道を、階段を登りたいと思ったのは何時からだろう

自分への楽しみは最後でいい、その人はそう言った。

それまでの自分は、もっと上に早く上がりたい、自分だけ得したい、

そう思ってばかりだった。

ある日、クエストがクリアできず長い時間待ちぼうけの自分に

「どうしたの?手伝おうか?」

そう話しかけてきたのは自分よりかっこよく、装備も凄い、一人のエルヴァーンだった

訳を話し、緊張気味の私を、色々な話で、笑いと雑談を交えながら目的地に進んだ。

上手くいかなくてイライラしてる自分の気持ちが少し晴れたような気がした

あっさり、私の目的の物を入手して、帰る途中、私はその人にこう言った

「何で、他人が得するようなことをするんですか?自分が得することはしないんですか?」

不謹慎であろうが、ついチャットを打ってしまった自分がいた

短い沈黙の後、こう言った

「自分は、最後でいい、どうしてかはわからないけど、そうしなきゃ!って思うんだよね。」

そう言われて、自分のイライラが恥ずかしく思えた。

小さいことにイライラの自分が恥ずかしくなった、こんなプレイヤーさんがいた事に少し興味を持った自分がいた

別れの時、無理言ってフレンド登録してくれたあの人、その日すっきりした気分でログアウトした

それからその人がログインした痕跡はなかった、メッセージを飛ばしても何も返事が来ない

そう思いながら、数か月の月日が流れ、その人の記憶も忘れかけてた時の事

一通のメッセージが来た、贈り主はその人だった。

「心配掛けたみたいでごめんね、本当はこんなメッセージ打つんじゃなかったって思うんだけど
君にだけ伝えておこうと思ってこのメッセージを打ちます、
実は、あの日ひっそり引退するはずだったんだ。でも君を見ていたら初めの自分を思い出したみたいで、つい声をかけてしまった。もうログインしないかもしれない、君にさようならを言おうと思ってこのメッセージを飛ばします
でも、さようならは言えない、また遊ぼう!君にこの言葉を贈ります
じゃ、また遊ぼうね!」

それからあの人と会うことは1度もなく現在に至る

あのメッセージの後、少しでもと困っている人がいたら、手伝いは積極的にな感じでプレイしてる

他人からお人よしとたまに言われるけど・・・・

そんなこんなで今年もよろしく、FF11、今年もお世話になりますヴァナ’ディール。