自分と向き合うって何?


それがわからなくて、でも、わかったふりして、向き合ったふりしてここまできた。


それなりに向き合ったつもりでいて、

そのときは心のモヤモヤがスッキリしたように感じてた。


でも、根本はそうじゃなかった。


逃げてるつもりはなかった。


けど、逃げてるってハッキリ言ってもらって自覚した。


正直怖かった。


そう言われるのが。それを認めることが。


だから、自分を取り繕ってた。


けど、変わるって決めたから。

変わりたいから。


今度こそちゃんと、逃げずに、

向き合うことにした。


でも、向き合うって具体的にどうすればいいんだろう。


今までもいろいろアドバイスをもらったり情報を得て試したりした。

でもなんかしっくりこない。


しっくりこないけど、その中でも一番効果的だった声に出すということをした。


思っていることを声に出す。


自然と涙が出てくる。


それは次第に、叫びと嗚咽になるくらいにヒートアップする。


とにかく泣いて、とにかく自分に謝った。


でも、あと一息。


何かが足りない。


そんなとき、ふと思い出す。


自分が手紙を書くのが好きなことを。


そして、自分の書いた文章を読み返すのが好きなことを。


これだと思った。


手紙ではないけど、自分にメールを送ることにした。


自分に宛ててメッセージを書いた。


責めないでいいよ。


これからもずっと一緒だよ。


何があっても見捨てないよ。


大丈夫だよ!


心配しないで。


大好きだよ。


たくさん自分にメッセージを書いた。


そして書きながら気づいた。


このほとんどが、今まで自分が誰かに伝えてきたメッセージだったことを。


そして、本当はこれらの言葉を自分がかけて欲しかったことに。


だから私は誰かに書いた手紙(下書きをとってある)を何度も読み返すのが好きだったんだ。


自分にその言葉をかけてもらっているような気がしたから。


作ったメールはちゃんと自分に送信した。


〇〇ちゃんへ。


と、ちゃんと自分に宛てて。


届いたメールを読む。


読むたびに涙する。


というか、書いている時点で号泣と嗚咽。


やっと、やっと欲しかったものが手に入った気がした。


やっと、やっと安心感を得られた気がした。


やっと、やっと、自分を認め、どんな自分も許すことができた気がした。


このことが、根本的な解決になったかは正直またわからない。


長く続いている私の思考。


また繰り返してしまうかもしれない。


けど、それでももう繰り返さない!


私は変わる!変われる!


絶対に変われる!


なぜなら、私に送られたメールにはそう書いてあったから。


私の絶対的味方から届いたメール。


それは絶対的に信用できるもの。


だから、私はその言葉の数々を胸に刻んで進んでいく。


もう大丈夫。


私は幸せになる!


絶対に。


そう思わせてくれた自分と、


そして、


ここまで真剣に私に向き合ってくれる方に、


感謝の気持ちを込めて。