どちらかというと、平凡で貧乏ではない家庭に生まれた。
そして、大人になって分かったのはまともな人ばかりが親戚にいることだ。
自分が思うまともは、仕事があって、なおかつ正社員でボーナスがあって日給ではないということ。
小さいころから、お母さんによく見られたいという願望が強かったと大人になって気づいた。
共働きだったため、学校が終われば、実家にちかい親戚の家に同い年のいとこと一緒に帰宅し母が迎えにくるのを待った。
今でも忘れられない出来事が二つある。
同い年のいとこ、まりちゃんと喧嘩すると、家の鍵をしめるため
中に入れなくなるのだ。気が強かったまりちゃん。
それをみていたお父さんのお母さん、ばあちゃんが
ござを持ってきて「ほら、はなちゃん一緒にひらがなやろうか。」と言ってくる。
鍵を閉められた玄関を見つつ、私はいつも、うんと答えた。
学校にいるときに台風が接近し下校しなくてはいけなくなったときのこと
もちろん両親とも仕事だったため、同い年のいとこのお母さんが迎えにきてくれた。
いいなとおもった。
いつもお母さんが家にいていいなと思った。
さみしいとかではなく
いいなと思った、だけどそれって実はさみしかったんだと思う。
今でも母は私たち兄弟にたまに聞いてくる。
「さみしい思いさせたよねえ。」
「うん!」なんて言えない。
「全然!ばあちゃんたちいたから、寂しくなかったよ。」と24歳になった私は今でもそう答えている。