長らく放置していたブログ。
約1年空いてました💦💦


今回もまた、大変な出産で、早産で、
子供が生まれてからは二人育児の洗礼?を受け続けてて😅
ようやく最近少しだけ、余裕が出てきました。


息子が1歳を迎えるまであと少し。

そんな最近、なんだかこれまでの3人の妊娠、出産の記憶がどんどん流れ出てきて、
いろんな思いが溢れてます。


初めての子を妊娠してからの激動のあの出来事。
子どもを亡くしてからの日々。
二人目妊娠期間中の日々。
今回の三人目妊娠中の日々と出産。
NICUに通い続けた日々と想い。


私の妊娠、出産は決して楽しい日々ではなかった。
とても大変で辛くてしんどくて悲しくて…。


でも、それでもいとおしく、かけがえのない出来事として感じてしまうあの期間。
不思議だな。




今回の妊娠期間中もやはり過去の経験から不安は拭いされず、
早産予防の注射を毎週打ちながら慎重に進めてきました。


でも、31週で突然の出血。
病院に向かう車では6分感覚。
子宮口も開きかけてました。

緊急入院してから張り止めの点滴をし続け、
食事も睡眠もままならない状態で数日を過ごしました。
この状況が、どうしても、
初めての子の時のあの壮絶なあの時間を思い出さずにはいられず…


入院中、再び張り出血が増え始めたときには、夜中の助産師さんに泣きながら、
過去のことがあるから、今できることをできるだけもっとやってほしいとお願いしました。

そして、先生に連絡を取ってくれて、
張り止めをあげてもらった。
さらにここ数日ずっと眠れてないということもあり、私の体を心配して、
一度睡眠剤を使ってゆっくり休んでみたらどうか?と提案され、
初めて睡眠剤を飲み、眠りにつきました。

翌朝早く目を覚ますと、出血がかなり増え
張りも増していて、
もうだめかもしれないと感じてしまった。


早朝に診察してもらう時点で、オロ並の出血が出ていて、
もう見てもらう前からお産が進んでいることがわかりました。


診察し、救急車でNICUがある病院に運ばれることになり、救急車を待っている間に、覚悟を決めました。


とても悔しかった。
もっとできることはあったのではないか?と。
(またこの辺りは詳しく書くかも)

そして、怖かった。
出産するのを一瞬怖いと思った。
逃げたいと思った。

ても逃げられないから、腹をくくった。


連絡を受けて駆けつけた主人と会ったときには、半分諦めに似たような覚悟を持って、
冷静に説明をした。


救急車で運ばれるとき、
あぁ、この光景前にも見たな。
またか。
2回目だな。
って、変に冷めた感情で救急車に乗せられたのを覚えてる。

病院に着いてからも、
また天井だけしか見えないんだなー。
こうしてまた、ストレッチゃーで運ばれながら知らない病院に来て出産になるんだ。
なんて、思ってた。


着いてからはバタバタ。
上から下から、右から左から。
同時にどんどん、いろんな検査や処置をされる。
一体何人ここにいるのだろう。


そして、一緒に救急車で来てくれていた前産婦人科の医師が帰る前に一声。
『気をしっかり持ってね。』と。

初めての子の時から過去三回の妊娠でお世話になっている医師。
ここまでの道のりをすべて知ってくれている医師。
救急車でもいろいろ質問しながら来ていたこともあり、私の心をわかってくださっていたと思います。


そんな先生の一言に、
少し涙が流れた。


変に冷めていたのは、
不安と恐怖と悲しみや様々な抱えきれない感情を抑えるためだったのかも知れない。

それを見て、横にいた新しい病院の助産師さんも、励まし寄り添う言葉をくれた。

ちゃんとこの病院で、現実を受け入れて頑張ろう。と思った。


長くなるので、今回はここで一旦書くのをやめます。

また、今回のこと。
このブログに書き記していきたいと思います。


このブログを始めたきっかけは、
子どもを亡くした時の出来事とその後を勇気を出して話すこと。

今は、初めての子のことは天使ママしか見られないアメンバー限定公開にしていますが。


私の大切な命にまつわる経験。

今回の出産のことも、またここに書き記しておきたいと思います。