近くこのブログ変更する事にしました。
勝手に使用
とある航空雑誌の2004年12月号に、私が2004年8月に長崎県佐世保港に入港した米空母に乗艦した時に撮影した写真が使用されていた。とある航空雑誌の2004年11月号にその空母に乗艦した時のレポートが
掲載されたが12月号に使用されたのは11月号では没になった写真だった、雑誌の表紙と私の写真が
使用されたページの表紙。下の写真は空母艦橋から私が撮影し保管しているオリジナル、写真の赤枠が使用された。
無断使用について知ったのは昨年11月の事、私はすぐ航空雑誌編集部に電話で抗議したが
編集部の電話対応はマニュアルに沿った対応だった感じで、私も編集部側との「信頼関係」を
破壊しかねない為あまり強く追求は出来なかった。
松田雅昭・下関市教育委員長辞任避けられず?
山口県下関市の市立川中中学校の女子中学生が今年1月に学校内で自殺した問題で、自殺した女子中学生の家を訪れた松田雅昭・下関市教育委員長が女子中学生の親から見せられた遺書のメモについて、報道陣からコメントを求められた時に「眼鏡がなくて遺書のメモはよく見えなかった」とコメントした。
この模様がテレビの全国ニュースで放送され、放送後下関市教育委員会には約300件以上の抗議が
殺到した、松田雅昭・下関市教育委員長は「他意があったわけではない。軽率な態度で、私の不徳のいたすところ」と釈明するものの、教育の長としてはふさわしくない発言に引責辞任は避けられないものと思われます。
日本版・アカデミー最低賞
アメリカのアカデミー最低賞(通称:ラジィー賞)の日本版とも言える、
文春主催「きいちご賞」なるものが発表されました。
下記参照。
http://movies.yahoo.co.jp/m2?ty=nd&id=20050127-00000007-flix-ent
文春主催「きいちご賞」なるものが発表されました。
下記参照。
http://movies.yahoo.co.jp/m2?ty=nd&id=20050127-00000007-flix-ent
営業恐怖症?
憂鬱な日々が最近続いている、フォトグラファーの仕事を売り込もうにも
思うように行かず、幾分かの収入を得ようと別のバイトを応募しても良い結果が得られない。
写真売り込みの為、アポイメントをとろうと市内の雑誌編集部へ電話しても、
どこも『間に合ってます』『その手の写真はお断りです』の回答ばかり、
とある某雑誌の編集部 のケースでは『どのような写真か拝見したい』とアポイメントがとれ、その雑誌編集部へ行くと『アポイメントをとった方は出かけてます』と言われ、改めて行ったら『申し訳ございませんが、貴方様の写真については方針転換し、別の方の写真にする事になりましたのでお引取りください』と裏切られた。
飛び込みの営業は私には苦手で『断られる』とネガティブに考えてしまいがち
です。
思うように行かず、幾分かの収入を得ようと別のバイトを応募しても良い結果が得られない。
写真売り込みの為、アポイメントをとろうと市内の雑誌編集部へ電話しても、
どこも『間に合ってます』『その手の写真はお断りです』の回答ばかり、
とある某雑誌の編集部 のケースでは『どのような写真か拝見したい』とアポイメントがとれ、その雑誌編集部へ行くと『アポイメントをとった方は出かけてます』と言われ、改めて行ったら『申し訳ございませんが、貴方様の写真については方針転換し、別の方の写真にする事になりましたのでお引取りください』と裏切られた。
飛び込みの営業は私には苦手で『断られる』とネガティブに考えてしまいがち
です。
2005.1.7 鹿児島県開聞岳付近上空
翌1月7日(金)鹿児島県鹿屋市にある海上自衛隊鹿屋航空基地の新年初訓練を取材。前夜11時に家を(何とか頼み込み)借りた父の車で九州道を7時間かけて南下、さらに下道を1時間近く走り午前7時鹿屋航空基地に着いた。着くと手続き等を行なったのち撮影機を務める第7航空隊へ行き、午前7時半パイロットと撮影打ち合わせを約30分間、報道機関の方と私と同業者で行ない、午前9時に訓練が開始された。
訓練機が相次いで駐機場から出発していく模様を撮影し、急ぎ撮影機となるP-3C哨戒機に搭乗する。午前9時40分に撮影機は離陸一路開聞岳沖へ向かった、開聞岳を周回するような形で3機編隊のP-3C哨戒機を撮影した。この後高度を上げ雲の上で3機編隊を撮影し佐多岬沖で別のP-3C哨戒機の編隊を撮影したが、この時撮影者の自分が酔ってしまい吐いてしまいました。グロッキーな状態になりながらもなんとか撮影し、
午前11時05分撮影機は鹿屋航空基地へ着陸、訓練参加機も午前11時30分までに無事全機着陸した。
※写真の無断掲載・複製・禁止
訓練機が相次いで駐機場から出発していく模様を撮影し、急ぎ撮影機となるP-3C哨戒機に搭乗する。午前9時40分に撮影機は離陸一路開聞岳沖へ向かった、開聞岳を周回するような形で3機編隊のP-3C哨戒機を撮影した。この後高度を上げ雲の上で3機編隊を撮影し佐多岬沖で別のP-3C哨戒機の編隊を撮影したが、この時撮影者の自分が酔ってしまい吐いてしまいました。グロッキーな状態になりながらもなんとか撮影し、
午前11時05分撮影機は鹿屋航空基地へ着陸、訓練参加機も午前11時30分までに無事全機着陸した。
※写真の無断掲載・複製・禁止
2005.1.6 長崎県野母崎沖上空
新年早々の1月6日(木)長崎県大村市にある、海上自衛隊大村航空基地へ新年初訓練飛行の取材の為行ってまいりました。
父の車を借り家を午前4時出発、基地へは午前8時頃到着。
小雨が降る天候ではあったが予定通り飛行は行なわれる事になった、
基地広報室で訓練の内容について説明を受けたのち、耐水防護服を着用した、耐水防護服は万が一事故で着水した場合を想定し、冷たい海で延命出来るものである。
海上自衛隊の哨戒ヘリコプター、シコルスキー・SH-60Jに同乗しての取材する者はなんと自分一人だけだった、広報の方によると新聞社や他のカメラマンの方はキャンセルしてしまった。
午前9時半訓練が開始された、自分を乗せた撮影機は午前9時55分先行して離陸し、諫早湾上空で待機した。約30分後の午前10時25分、離陸してきた本隊と撮影機は合流した、撮影する際は機体右側のドアを全開しての撮影で手がかじんでしまいシャッターがうまく押せず、隊員の一人が手袋を貸してくれて手袋をはめてなんとか撮影を続行した。
飛行計画では大村航空基地~橘神社~橘湾~諏訪神社(長崎上空)~五島灘~海上自衛隊佐世保基地~ハウステンボス~大村航空基地の予定だった、五島灘上空飛行中佐世保方面の天候が悪化、安全上から途中で「訓練中止」となってしまい、午前11時20分大村航空基地へ全機無事に帰還した。
※写真の無断掲載・複製・禁止。
父の車を借り家を午前4時出発、基地へは午前8時頃到着。
小雨が降る天候ではあったが予定通り飛行は行なわれる事になった、
基地広報室で訓練の内容について説明を受けたのち、耐水防護服を着用した、耐水防護服は万が一事故で着水した場合を想定し、冷たい海で延命出来るものである。
海上自衛隊の哨戒ヘリコプター、シコルスキー・SH-60Jに同乗しての取材する者はなんと自分一人だけだった、広報の方によると新聞社や他のカメラマンの方はキャンセルしてしまった。
午前9時半訓練が開始された、自分を乗せた撮影機は午前9時55分先行して離陸し、諫早湾上空で待機した。約30分後の午前10時25分、離陸してきた本隊と撮影機は合流した、撮影する際は機体右側のドアを全開しての撮影で手がかじんでしまいシャッターがうまく押せず、隊員の一人が手袋を貸してくれて手袋をはめてなんとか撮影を続行した。
飛行計画では大村航空基地~橘神社~橘湾~諏訪神社(長崎上空)~五島灘~海上自衛隊佐世保基地~ハウステンボス~大村航空基地の予定だった、五島灘上空飛行中佐世保方面の天候が悪化、安全上から途中で「訓練中止」となってしまい、午前11時20分大村航空基地へ全機無事に帰還した。
※写真の無断掲載・複製・禁止。


