言われるままに手渡されたローブを身につける
手に持っているとほんのりと温かみを感じる不思議なローブだった
見た目や、軽さから言ってただの布切れにも見えなくはないが、なにやらボンヤリと明るく見えるのは気のせいだろうか
ローブを着た途端に訪れるなんとも言えない安心感をスグルは確かに感じていた

「ローブを着ると落ち着ますよね!」

小さな緑髪の女の子、キッドがスグルの心を読んだように話しかけてきた

「な!…何でわかったんですか!僕の気持ち!」

「へっへー!私がこのローブを創造したのです!なので初陣はやはり誰でも緊張するのです!なので貴方には落ち着く仕様にしてあげたのです!」

そう、このローブを創造したのは目の前にいるキッドという少女だ、第2支部の物資補給班という部隊の所属で、どうやら考えたものを形にする力、'創造'が使えるエキスパートらしい。
余りにも強力な能力で、敵に回したくない1人だが、
ヴォルフ曰く、恐ろしくわかりやすくて天然だからその強力な力で反乱などおこされないように容易くなだめることができるとのこと
こちらとしては非常に助かることだが、
なんとも損な性格であることは間違いない

そして、その創造の技術者はとても貴重なものらしく今回の魔女討伐にも参加はせずに第六支部で物資を作り込み、それを前線に送り出してもらうとのことである

目の前でどうだすごいだろ?とでもいいたげな小生意気な表情でこちらを見て来る彼女の仕草は1つ1つがとても可愛らしく見えた
ヴォルフ曰く、めんどくさくなったら頭を撫でればなんとかなるとのことだが、
そう言っていたヴォルフ自身、撫でた途端に噛み付かれることもしばしばあるらしく、手に歯型が残っていることが多い、現に、部屋の奥でエヴノフに一方的に楽しそうに話しかけている彼の手には小さく可愛らしい歯型がついている
どうやらほんの数分前に噛まれたばかりなのだろう

室内は1人で奇妙な訛り方をしたヴォルフが話し続ける以外はほとんど話し声も聞こえないほど静かな状況だった
30人ほどの兵達がそれぞれ戦闘の準備に取り掛かかっていた
どの武具やローブにも薄ぼんやりと明かりがあり、どうやらスグルの着ているものと同じものらしい

「そーいえば!随分と頭がスッキリしたのです!そっちの方がよくにあっているのです!」

「あぁ、そうなんですよ!視界がクリアになったというか、凄く世界が明るく見えます!」

今から2時間前ほどに、スグルが手渡された鏡を見ながら自分で切ったのだ毛先が雑に切られてしまってはいるが、奇跡的に、それなりの頭にはなったと自負している
散髪している最中に、たまたま通りすがったヴォルフが
「まどろっこしぃのお!俺がきってやんよ!」
としゃしゃり出てきたが、隣にいたルグドの秘書が、「貴方のようなガサツな方だとスグル新兵の頭ごと切り落としてしまいます」と言ってヴォルフの凶行を阻止した

「そうだ!僕はまだ第2支部の皆さんのこと、あまりよく知らないのですが、なにか…ありませんか?」

「何かとはなんなのです?」

キッドの頭の上にハテナがみえるようだった

「なんか、、こう、、好きなものとか!」

「あー!そーゆーことなのですか!えーっとですねぇ」

その時だった、部屋の扉が開き、兵達が機敏な動きで扉の方向を向く

「これより狩を開始する!貴様ら!死んでこい!」

ルグドの声が全員の耳に届く
死んでこい、いっけんしてめちゃくちゃな命令ではあるが、この場合、命に代えても敵を倒せ、ということなのだろう
黙々としていた兵士達の士気が一気に上がるのがわかった

「は!!」

息の合った力強い返事から士気の高さがわかった

スグルも返事をして自らを奮い立たせた

地下でニトと話していたこと、地図の場所がもしも本当に自分が発見された所であったとするならば、おそらく自分はそこで暮らしていたのだろう
そして、大柄の男と、背の小さな少女とそこで暖かい生活をおくっていた記憶だけがうっすらと残っている

「…名前…あの人達は…僕のなんだったんだろ…思い出せないな…」

いきなり現れた素性も分からないスグルを暖かく迎えてくれた彼らの名前が思い出せなかった
今はまだボンヤリと残る記憶の面影も、徐々にぼやけて霞んでいるのが確かに分かった

アランから聞かされた話で、名前が出ていたはずなのに、その人物がすでに死亡しているという事実しか覚えていないのだ

何かがおかしかった

「…グル…」

「!?」

「スグル!」

ボーッとしていて、他の兵はとっくに部屋を後にして目標地点に出発してしまったらしい
ヴォルフに呼ばれなければ、あと10分はこのままだっただろう

「ほれぇ!さっさといくで!エヴノフも先に行っちまったし、キッドちゃんも部屋に戻っちまったぞ!」

「は!…はい!すみません!少し考え事をしてました…行きましょう!」

「おしっ!フード被れ!」

言われた通りにフードを被るやいなや、ヴォルフはスグルの手を勢いよく引いて扉を開いて外に出た
目の前が白い光に包まれる、
遠くから雨の音がするが、音はだんだん近くなってくる
身動きができなかった
次第に近づいてくる雨音と腕を握られている感覚だけがあった

5秒ほどの不思議な感覚だった
頭の上に一粒の水滴が落ちてくることで意識が覚醒される
そこは周りを道に沿って四角い建造物が立ち並ぶ雨の中だった

「さぁ!魔女狩りだべ!」

魔法のある世界であることは承知していたが、ドコデモドアまであることに驚きを隠せない
目を丸くして固まっていると
ヴォルフがスグルの方を振り向いた

「おー!そんな所にいたんか!探す手間省けたわい!」

「あっ…はい!」

いきなり話しかけられて焦るスグルを見ると
ニンマリとヴォルフは口角を上げると腕を振り上げた

「…え?」

拳を強く握りしめたソレは、スグルに向かってそのまま振り下ろされた

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「ルグドさん、今回ヴォルフにあの魔族を任せてよかったのでしょうか…」

青く綺麗に手入れされたショートヘアを揺らしながらルグドの秘書である彼女が質問した

「問題ない、あー見えて面倒見のいいやつだからな。それよりも、042の様子はどうだ、刑の執行準備の方も抜かりは無いな?」

「はい、問題ありません」

秘書の言葉に無言の頷きで返すとルグドはそのまま机の上に置いてあった資料に目を通した
全てが今回の討伐に加わった兵の個人情報である第2支部のエヴノフや、ヴォルフもその中にあった
そしてその中から1枚抜き取ると
目を通しながら呟いた

「…スグル…種族アンノウン…か…」