ズドンッと湿気った塊が内側から弾け飛ぶ音が聞こえた
鈍く響いた音の余韻も降りしきる雨の音に溶けていつの間にか消えてしまった
「ふぅ、ボーッとすんなや新兵ボーズ」
フードの陰にかくれて多少の見えにくさはあったが、ヴォルフはニヤりと八重歯を覗かせて笑って見せた
ヴォルフの振り上げられた拳を見た瞬間に死を覚悟したスグルだったが、心臓がはちきれるかと思うほどにバクバクと激しく鼓動して呼吸を荒くしていた
「ちょ…ちょっと…いきな…り、なんてことするんですっ…か!」
呼吸も絶え絶えになりながらヴォルフの足にしがみついてもんくを言うが、言われている本人は何のことか分かっていない様子だった
「なんてことっておめぇ、俺がそいつブッコしてなかったら死んでたぜ?」
スグルの後ろを指差してヴォルフがホレ、みてみんかいと言いたげに告げた
指さされた方向を呼吸を整えながらゆっくりと振り返るとそこには、薄暗くて見えにくくはあったが、確かに人間の四肢と思われるパーツが散らばっていたのだ
「オぇぇェェェ!!!」
「おうおう!やっと理解したかいな!」
腹の底から湧き上がってくる内容物と胃酸で喉が焼けるのを感じる
目に映った映像を腐蝕しようと試みるが、フラッシュバックのように蘇ってきては、胃が収縮するのを感じた
「実践が初めてっちゅーのはホンマの事らしいなぁ!」
足元でうずくまり苦しむスグルの姿を上から眺めてなぜか嬉しそうなヴォルフだった
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しばらくして出るものもなくなりスグルも落ち着いた
肩で息をするのも少しずつ治ってきた
「なっさけねぇやつやなぁ!はよ立ち直らんかい!女かお前は!」
ゲラゲラと笑いながらバシバシと力強くスグルの背中を叩くとふぅっとどこかスッキリした顔でもう一度、どのようにやったらあのようになるのかわからないが、粉々に粉砕された敵と思われる死体に指先を向けた
「スグルよぉ、お前はまだ見にくいと思うけぇ、俺がアレを見て思ったことを言ってやるよ」
「…」
先ほどまでの緩い雰囲気はその男からは消え失せて、そこにあったのはどこか、怒りのこもった瞳だった
「オレッちが今ブッコしたんは、多分人間やな、」
「!?」
「気配は人間やった、けんど、スグルに向けられたナイフには魔女特有の殺傷能力を上げる魔法がエンチャントされとった、悪魔も似た魔法を使うけんど、まぁそこら辺の違いは経験で見極めるところやな」
「なんで…なんで人間が僕たちに襲いかかってきたんですか!?」
「あ?あぁ、説明不足やったな、こいつの気配は人間やった、けどなぁ、こいつの背中から魔女の印がついとんねんな」
そう言うと、ヴォルフはぐちゃぐちゃに弾け、雨で水気を増した肉片の中からうっすらと赤黒い光を帯びた何かをつまみ上げた
「これやな」
血液にまみれてそのゆびにつままれているものが見えなかったが、雨で洗われてその実態が姿を現した
「…なんですかコレ…」
「見りゃ分かるやろ、髪の毛や、か、み、の、け!」
ヴォルフの指につままれたその髪の毛は赤黒い光を帯びながも血肉の中に混ざっていた物とは思えないほど美しい栗色だった
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どうやらバラバラに転送されてしまったらしく、1人でこうどうしていた
ゆっくりとした足取りで夜雨の中で、フードもはだけて銀の光が映えていた
男の片腕には美しい刀が握られていた
後ろに沢山の死体が血まみれで転がっているにもかかわらず、その刀身にも男の体にさえ一滴の返り血も付いていなかった
風刃刀
その刀はそう呼ばれていた
エヴノフが所有する専用の武器、否兵器である
鍔の裏についているボタンを押しながら一振りすると、刀身の中に空気を取り込み、固形化させ、峰から放出と同時に空間に3秒から4秒の間固定することができ、それはまるで見えないギロチンが空中に浮いているのに等しい
刀を振る向きで盾を作ることもでき、便利な武器であるようにも思えるが、1つ間違えれば自分の設置した刃に傷を負う恐れがある危険な武器である
また、刀身に風を貯めて、カマイタチを発生させることもかのうである
「…ん?」
どこかで覚えのある臭いがエヴノフの鼻先をかすめた
「まずいな…」
左人差し指を口元まで持ってくると指にはめていた簡素で、宝石の1つも付いていない指輪に話しかける
この指輪はいわば通信機である
遠く離れていたとしても、互いの命がある限り化膿し続けることができる優れものだ
「ルグド、聞こえるか…'願いの使徒'だ。一時撤退を要求する」