この日も外は雨だった
夜の闇の中で、周りの建物に貼られている結界の微かな光に照らされて雨粒の一粒一粒の軌跡が少し光って見える
護られ、安全であることを示すその光が、
幻想的に、そして不気味に夜を彩った

人は日が落ちるとと家に帰る戸締りをしたら手を洗い、食事をしながら愛する家族との団欒を楽しむ
けっして外に出ることは許されない、それは死に直結する危険を伴うからだ
この世界では、そうやって幼い時から教育されている
7歳くらいまでは家庭や、地域ごとに様々な形で理由付けて、教育がなされている
例えるならば、
子供の出生の仕方を訪ねてきた子孫に対し、
'赤ちゃんはコウノトリさんが連れてくるのよ'といい聞かせているような感覚だろう

いつも冗談めかしく、それでいてしつこくなんども子供たちに伝えられてきた それは、命を脅かす存在が壁の直ぐ隣で夜な夜な街を徘徊しているという恐怖から少しでも目をそらさせて、のびのびと成長してほしいという大人からの気遣いだった

外には決して出てはいけない。

だが、そんな気遣いも時に子供の好奇心の前になすすべもなく膝をついてしまうことがある
つい先日6歳の誕生日を迎えた少年リックも好奇心が強く、しばしば大人たちの頭を抱えさせていた

「えっと、今日はこの日だから、、いち、にぃ、さん…あ!お父さんとお母さんの結婚記念日まであと10日だ!」

この家は3人家族で、毎年誕生日と結婚記念日、にはそれぞれがプレゼントを持ってきて、それをくじに入れて引くという変わった決まりがあった
先日の自分の誕生日に、両親をびっくりさせようと箱の中に取ってきたばかりのカエルを入れてそれをプレゼントとしてくじを引いたのだが、
まんまと自分のプレゼントを引き当ててしまい、結局自分の部屋の中に水槽を置いてカエルを飼うハメになってしまった

「あの時はかなり怒られちゃったなぁ…今回はちゃんとしたのにしないと…」

カエルをプレゼント交換の中に入れていたことがバレた時、母は片手で頭を抱えてため息をして、
父は「神聖な儀式だと言っただろ!」と怒鳴ってきた
どうやら昔からこの家系で行われてきた行事らしく、父の怒りは天から降り注ぐ落雷の様だった
思い出すとリックはションボリと肩を落とす

そして、その時激怒した父が「お前を夜の外に叩き出してやる!」と言って
リックを抱えて玄関に向かう所を呆れた様子でこちらを見ていた母が血相を変えて、異常なほどあせった様子で、それだけはダメだと父を止めていたのを思い出す
その時、リックには理解できなかった、
この街ではずっと、夜外に出ることは悪いことなんだと、外に出るとピエロがやってきて、楽しい気持ちを持って行って、悲しい気持ちにすると
そういい聞かせられてきたのだが、母のあの時の表情や行動はあまりにもオーバーリアクションだった様に思えてならなかった

「外に出てみたら分かるかな、お父さんもお母さんもきっと外に出たことないだろうから、今回のプレゼントは夜の街の絵を描いてあげよう!」

夜中の12時に10日後の両親の結婚記念日のプレゼントを何にするか決まって上機嫌になるとリックはそのまま気づかれないように自室の扉を開けると音を立てないように慎重に廊下を歩いていく
途中ギシッと板張りの床が軋んだ時は心臓が止まるかと思ったが、やっとの思いで玄関まで辿り着いた

その時だったドアノブに手をかけると声が頭に響いてきた

「開けておくれ」

頭がボーッとすると
そのままドアノブの鍵を開けると捻って開けてしまった

ドアが開くと同時にザーザーと雨の音が耳に入ってきた
目の前には薄っすらと光る四角い建物たちとその光に照らされて幻想的な景色が広がっていた

”あれ?おかしいな、今日はあんなに晴れだったのに”

今日は外に出て絵を描くことができないと判断すると、残念そうにドアを閉めようとした

「そこの僕、ちょっと待ってくれないかな、私と遊ばないかい?」

優しいが、不思議とどこか嫌悪感を覚える声だった
締まりかかったドアの隙間から誰かがこちらを覗き込んでいるのが分かった
気味が悪いと思い、ドアを閉めてしまおうとするが、身体が思うように動かない
金縛りだ

「ドア、開けっ放しじゃダメじゃないかぁ、私が入ってしまいますよ?」

声の主は半開きになったドアの隙間に手を差し込むとゆっくりと開いていく
その様子を見ていたリックは金縛りで固まってしまいガクガクと震えることもできないまま涙を流し、失禁した
生暖かい尿が足を伝って地面に溢れていく
その姿を見て満足そうに玄関に立っている男は眺めながら、その姿をリックの前に晒す

扉よりも少し高い、2m以上あるだろうか、長身のその男はずぶ濡れの姿だった
口元と鼻先には赤々と紅が塗られており口を閉じていても大口を開けて笑っているように見えて、とても不気味だ
目の周りは大きい直角三角形状に薄い青色が塗られていた
残った露出した肌は雪のように白い色を洗い筆で乱雑に塗られたようなそんな色をしていて、頭には先が二股に分かれた帽子を被っている

肩出しで切り口ごとにヒラヒラのピエロカラーのついている肌色の衣装をまとったその身体は上半身と手足は細く長く、下腹だけが不自然に丸く膨らみ、人とは思えない嫌悪感を見るものに与えた

「私はグスクっていうんです。道化師のグスク、以後お見知り置きを、」

ニヤリと笑い、薄っすらと開かれる口元からはギザギザの牙がのぞいている
眼球は黄緑の濁った瞳に、其れを際立たせるように黒い白目の配色である

リックの顔を覗き込むようにジロジロと眺めると満足そうに微笑みながら爪の伸びきった両手で少年の顔を挟んでグリグリと頬で遊ぶ

「若いっていいよねぇ、私の友達になって欲しいな、とりあえず、私はここから先へは入らないからさぁ、先ずはこの娘と友達になってあげてくれないかな?」

リックはその瞬間、自分の後ろに誰かが立っていることに気がついた
後ろに立っていた人影がリックの目の前にゆっくりと歩いてくるとクルリと回ってお辞儀をした
フワッと栗色の綺麗な髪の毛が鼻先をくすぐる
髪が下りるのと同時にゆっくりとソレは頭を上げた
赤い瞳をした無表情な女の子で、歳はリックより少し上くらいだろうか、
真っ黒なフード付きのローブを着用していた

「ん…貴方も、私の友達…」

ギィっと軋む音を立てながら少女はリックの胸に触れた
優しい手つきだった
痛みの伴わないソレは
少年の胸から光る糸を手繰り出すと同時に意識を完全に奪った

その瞬間、ガタっと音を立ててリックの身体が崩れ落ちるが、少女が指を動かすとすぐさま起き上がってかしこまったように一礼した
リックだったその身体がは傀儡と化してしまったのだ
もう一度少女がヒョイっと人差し指を軽く振ると、傀儡は両親の寝室まで走っていった
その顔を大量の涙と鼻水で汚しながら

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家の奥で、数秒の間悲鳴とガタガタと物音がするとすぐに収まった
少女は相変わらず無表情のまま玄関に立っていた

「ん…グスク、私、もっとお人形が欲しい」

「大丈夫ですよ、直ぐに沢山お人形の材料が来てくれますから」

「ん…そう…」

「愉しんでね」

ピエロはそのまま水の上に落とされたインクのように空間に消えていってしまった




「…お父さん…」






「スグル君…」