「042、種族ゴーレム、貴女への刑の執行日が議会で確定されましたので、報告する」
キリっとした態度で手元に広げた羊皮紙に記された文面をスグルたちの前で読み上げる
青く綺麗な色艶をした髪の毛の女、(つまりはルグドの秘書であるリサニア、通称リサである)は、その雰囲気からして生徒会長のような規律正しい女性というべき、いわゆるカッコイイ女性に見えたが、なるほど若干喋り方などがルグドに似ているところからして
無理をして真似ているようにも見えるところが可愛らしくもある人物だ
隣の檻でリサの言葉に一生懸命耳を傾ける042の姿はさながら受験間近の高校生のような、そんな真剣味がその横顔から伝わってきた
「貴様の刑期は100日間、刑は100日拷問だ、」
100日、この日数は少ないと感じることもあるかもしれない、だがそれは日数だけである
100日拷問とはその名の通り100日間対象を10人の執行人が拷問し続ける刑で、その拷問の内容は執行人それぞれに完全に任されており、人間にこの刑が降った場合、5日もしない内に死に絶えるため、実際に100日行われたことは無い
だが、その知らせを聞いた042はどこか安堵の表情である
その表情が自分のために自ら犠牲になった少女の気持ちを表していた
リサによってつらつらと読み上げられていく日時と場所、その他諸々の詳細は
刑が実際に042に執行されるという現実味を確実に濃くしていった
逃れられない冤罪、それは余りにも不条理な…
「以上だ、後日貴様は第3支部へ帰され、そのまま第3支部の施設内での刑の執行となる」
読み終わるとリサは羊皮紙をクルクルと器用に巻き上げるとそのまま懐の中にしまい込んだ
「良かった、ルグドさんはやっぱり話の分かってくれる人だね、君が無事で良かった」
ニコリと笑う彼女の顔を見ることができない
スグルにはどうしてそんな風に笑顔でいられるのか理解できなかった
ひたすらに彼女への懺悔の念が頭の中をぐるぐると回り続ける
「無実の、無実の人がこんな罰を受けるなんておかしいですよ…」
「スグル君、この世は魔族には生きづらいようにできてるよ、でもね?ココで踏ん張らなきゃボクらは前に進めないんだよ」
いつまでも前を向き続けると、そう彼女の目が口が力強く語った
そんな2人の会話を眺めていたリサが再び懐を漁るのが042の視界の端に入った
”え?”
「スグル、特攻隊新兵 種族アンノウン 貴方には今後ココ、第六支部での特攻隊活動に専念していただきます。」
042の表情が固まる
「待ってください!スグル君にはボクのような不死性も無ければ、戦闘だって、一般市民を下回る身体能力の低さです!せめて特攻隊見習いとして他の支部から特攻隊員を連れてくることを進言します!」
せっかく助けたはずの仲間の命の危機である
042は焦っていた
スグルを前線に出すということはつまり、そのまま殉職というていの死刑だからだ
だが、それもつかの間である
目の前に立つリサの瞳は排泄物でも見るようなそんな嫌悪に満ちた色をしていた
”そっか、どの道この人たちはボクらを消してしまいたかったのか…”
042の瞳に涙が浮かぶ
今にも泣き崩れそうになっている少女の姿を見ていたたまれなくなった様子でリサがやれやれと口を開いた
「安心なさい042、スグル新兵は第2支部のエヴノフとヴォルフのバックアップとしての仕事を与えることになっているわ。あの2人のバックアップならそう簡単にしにはしないわよ」
ハッとした顔でリサを見上げる042の表情は、急な安堵により、結局泣き崩れてしまった
まったく情緒の不安定なもので、
側から見る者にはさぞ滑稽に映ったことだろう
スグルはそんな042の姿を眺めていることしかできなかった
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詳しくはまた後日とスグルにいい残してリサは階段を登りその場を後にした。再び2人だけの地下牢になると自然と静かな空間に早変わりする
これからくる刑執行を待つ042と、自分の身代わりに042が100日拷問を受けることになってしまったことを悔しく思うスグルがそこにいた
「よし!!」
なんとも可愛らしい掛け声が力強く響いた
その声に驚いたスグルがビクっと動く
「あの、、どうしたんですか?…」
「スグル君!こーゆーときこそ気持ちだけでも明るくしなきゃだめだよ!あんまり暗いともっと悪いことが起こりそうじゃない?」
そういうとニコリと寝たきりのまま笑った
スグルはまだそんな気分にはとてもなれそうにないと首を横に振るが、042には関係がないようだった
「そーいえばスグル君って呼び方で大丈夫だったかな、自然にそう呼んでるんだけど、違う呼ばれ方が良かったらそう言ってね?」
唐突な呼び方の話題提起、
どう考えてもこの場で無理がある内容で、
彼女が一生懸命スグルを元気付けようと、きっかけを探しているのが丸分かりだった
「そのままでいいですよ、ありがとうございます」
042の気持ちに応えようとニコリと微笑んで返した
だが会話が止まってしまった
どこか気まずい空気が流れるのを感じる
「あ、、あのさ042、042って呼びにくいと思うんだけどさ、他の呼ばれ方ってあるの?」
空気を変えようと質問を投げかける
「ん?.んー、考えたことなかったなぁ。、042以外ないかなぁ、」
少し考え込むと少女は顔を上げてスグルの方を見て言った
「じゃあさ!ニト!ボクのことニトって呼んでよ」
ニッコリと笑いながら新しく作った自分の名前を口ずさむ姿はとても可愛らしく見え、
自分でも良くは分からなかったが、スグルは目を合わせるのが気恥ずかしく思えて少し顔を伏せた
「分かったよ、ニトって呼ぶね」
「うん!」
「じゃあさ、ニトの好きな食べ物は?」
「え?そこ聞くの?ダメだよ、ボクはコレでも女の子なんだよ?スグル君、そーゆーのレディに失礼だよ!」
「ええ!?そんなことないですよ!」
「失礼です!」
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「そーいえばさ、僕の昔好きだったゲームでさ、僕が大好きだったキャラクターがいるんだ、」
「へぇ、ボクはゲームとかしたことないから分からないけど、どんなキャラクターだったの?」
2、3時間話しているだろうか、
2人の会話は好き嫌いから夢、趣味、遂には思い出の話に至ることとなっていた
「僕の好きなそいつはね、クリーパーっていうんだ。ゲームのプレイヤーに近づいてきて自爆してくる凄く厄介なやつで、皆んなの嫌われ者なんだけどさ、僕は何度倒されても向かってきては自分の命と引き替えに攻撃してくるそいつが大好きなんだ」
嬉しそうにゲームのキャラクターの話をするスグルの瞳にはいつしか光が戻り、イキイキとしていた
「それ、まるでボクみたいだね」
興味津々に話を聞いていたニトがそう笑った
「いやいや!クリーパーの肌は緑色でなんか良くわかんない見た目だけど、ニトは白くて綺麗ですよ!」
思っていることが口に出てしまった、そんなところだろう
それを耳にした瞬間、ニトは驚き、すぐに頬を赤らめて顔を伏せてしまった
あとから自分が何を口にしたのか理解が追いついたスグルは首から上を真っ赤にして手をバタバタ、口をパクパクした
まるで告白している中学生カップルのような初々しさがそこにはあった
「ボク、そんなこと言われたの初めてだからさ…」
上目遣いでチラチラとこちらの様子を伺いながらニトが言う
「あ、あ、あの!消してナンパとか!そーゆーことではありまふぇん!」
完全にアガってしまったスグルは慌てふためいていた
その滑稽な姿を見て、ニトが思わず吹き出す
「ふふふふ」
口に手を当てて笑う少女の姿を見て、一瞬止まったスグルも、次第にその笑い声につられて笑いがこみ上げてきた
地下牢に笑い声が響いていた
2人がその様子を階段の陰から覗いているヴォルフに気づくことは無かった
ニヤニヤと笑うその男に。
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「リサ、ご苦労だった」
「いえ、私はただ読み上げただけですから。それよりあの2人はどこへ?」
地下牢の2人への報告を終えて帰ってきたリサは先ほどまでココ、ルグドの部屋にいた第2支部の二人組、ヴォルフとエヴノフの姿が見当たらないことに気がつく
「2人には客室を用意しておいた、今はそこにいるはずだが」
「そうでしたか、、ルグドさん、例の魔女の詳しい目撃情報が取れました。目撃場所と日時からして、どうやらココを目指して移動しているようです」
「そうか、やはり第六支部か…」
顎に手をやって深く考えるルグドの表情はいつもの氷のような無表情の中に、微かな喜びの色があった
「スグルと'闇の魔女'か…試すには良い機会になりそうだ」
部屋に沈黙が降りてくる