「戻ってこい」と言われたから、戻ってきた。


 インターネットも変わったものだ。スターバックスでもフレッシュネスバーガーでもいい。どこか好きな所で、コーヒーでも飲みながら、隣に座ったカップルの話に耳を傾けてみることだ。その泥水みたいなコーヒーが半分も減らないうちに、そいつらは「マイミクが」とか言い出すに決まってる。


 変わるってのは恐ろしいことだ。アメーバブログ? 派手な広告が目立つ。左端の下世話なニュース「和製ビヨンセついに初共演へ」「飯島愛ピロリ菌、だが太る」。


 インターネットってのを、戯言をこびりつける場所だと思っていた。最初はhtmlで自分用のゲロ袋を作った。そのあと、ご丁寧にブログなんていう、出来合いのゲロ袋が流通し始めた。俺はそれを黙って見てた。そしたら皆、ゲロ袋にゲロじゃないものを入れたりし始めたんだ。今じゃ、俺がゲロ袋だと思っていたものは、すっかりゲロ袋じゃなくなってしまった。そこに大事なものを入れて、それを見せ合ったり、自慢し合ったり、そういうものになった。


 俺にだって大切な宝物や、皆に聞いて欲しい話があるよ。そう思って引き出しを開けたら、悪ノリした時のオナニーの記憶や、グラップラー刃牙のコンビニコミックが数冊、あとはクソと小便しか入っていなかった。


 多分、もうこういうのは流行らないんだろう。だけど仕方がない。ここは今まで通り、便所の落書きのような存在感を保ち続けるんだろう。俺が誰で、あんたが誰かなんてのは、どうだっていいことだ。肥溜めにクソが溜まるように、文字が少しずつ増えていくだけだ。それは愉快なことなんだ。

 私が物心ついた時、既に祖父の頭部に髪は無く、父の頭髪も薄くなり始めていた。祖父の頭は木魚に似ていた。父の頭は戦後の日本に似ていた。その頃の私は、それがどれほど重要な意味を持つ事柄なのか、全くわかっていなかった。


 私は、30歳を目前に控えた一般的なサラリーマンである。過去、咽ぶような歓喜に出くわしたこともないが、死にたくなるほどの不幸に直面したこともない。本当に何の変哲もない、平均的・一般的な会社員である。


 物心がついてしばらく経って、自分が親から名前を授けられていることを知り、自分以外のあらゆる人や物にも須らく名前がついていることを知った。祖父と父の頭の名は「ハゲ」というらしかった。それは、やや侮蔑的なトーンで嘲笑と共に発音され、哀愁を帯びた苦笑と共に受け入れられていた。


 遺伝。30歳を目前に控えた私の頭髪は、確実に薄くなり始めている。人はまだ私のことを「ハゲ」とは言わない。しかし本人にはわかっているのである。洗顔の際、昔はなかった所にまで額がある。あれはマジでビビる。ハゲは、始まっているのである。ハゲが、始まっているのである。