お父さん
お父さんが大好きな箱根駅伝が始まったね
2年前 家族で箱根駅伝を見に行き
ゴール地点で お父さんは酸素吸入器を付けながら 車の中で楽しそうに見ていたらしい
わたしは 前日まで一緒にいたけど その日は一緒にいてあげることができなかった
でも お父さんの喜ぶ顔が想像できたよ
会場でもらった 箱根駅伝 と書かれた旗を振りながら 往路をゴールする選手を嬉しそうに見つめていた
家族が 「また来年も箱根駅伝を見に来ようね」と言ったら
お父さんは
「来年は俺は行かねー。俺は家で見る」
と言ったそう
ホテルまでの道は 箱根駅伝帰りの車で混雑していて
やっとホテルに着き
チェックインにも時間が掛かり…
部屋に向かうエレベーターに乗るとき
お母さんが押す お父さんの車椅子を入れる方向がおかしかったみたいで 冗談まじりで
「この方向はおかしいだろ〜」と
クスッと笑ったらしい
部屋に入り さっそく
「トイレに行きたかったんだ〜」と
トイレに向かい
ドアを閉めることもなく
便座に座った途端…
ふっ と
ゆっくりと 体が横に倒れかかり
義理兄が さっと駆け寄り 体を支えた
息をしていない…
酸素が足りないのか?!
救急車を呼ぶために 5階の部屋からロビーまで階段で姉が走っていった
すぐに部屋に設置されている酸素吸入器に替えた
反応がない…
あっという間に救急隊員が到着し
心臓マッサージ機器が
ドンッ!ドンッ!と
激しい音を立てていたという…
すぐさま救急車は病院に向かった
救急車の中で 心臓マッサージすると
わずかに心臓の数値が反応する時もあったらしい
しかし ずっと
お父さんは 目を閉じたままだった
私に義理兄から「お父さんが倒れた」と電話が入ったとき
何もかも信じられなかった
だって
昨日 一緒に年を越して 楽しく話しをしたじゃない!
昨日 「またね」って手を振ったじゃない!
大好きなお父さんが?
息をしていない?
意味がわからない…
いますぐにこの目で確かめたかったけど
わたしがいる場所からは まず飛行機に乗り
電車を乗り継ぎ向かわなければならない
すぐにお父さんの顔が見たい
わたしがそばにいたら…
わたしがそばにいたら…
すぐさま空港に向かった
待ち時間がもどかしかった
飛行機の中では
受け止められない何かが勝手に
わたしの目を涙でぬらした
窓から星が見えて
お父さんがどこかにいるような気がした
電車を待つ時間は
風が強くて冷たくて
目からでる雫までもカラカラに乾かした
病院の最寄り駅には義理兄が迎えに来てくれていて
義理兄は無言でうなずいた…
わたしも無言でうなずいた
助手席に乗ると
やたらに椅子が直角で
でも この助手席に父が座っていたから
こんな角度でお父さんは座っていたのかと…
気を遣うお父さんだから
義理兄の車の椅子の角度まで
自分好みに変えなかったのか
それとも 変える腕力がなかったのか
2ヶ月前 病院に入院していた時
わたしの帰り際に
「ペットボトルのフタ 開けといてくれ」
とお父さんが言っていたのを思い出した
あんなに力持ちで 病気知らずのお父さんだったから
いまや ペットボトルのフタを自力で開けるのが困難になった自分を お父さんは どう受け止めていただろう
義理兄の車には わたしの2番目の兄が乗っていた
2番目の兄とわたしが交換する形で
今日からお父さんたちとの箱根旅行を楽しむはずだった
お父さんは?
「もう先に霊柩車で家に向かってるよ」
と義理兄は言った
わたしは直角の助手席の椅子の角度を変えることなく これから最低でも4時間はかかるであろう 我が家に続く 暗く長い 霞んだ高速道路を見つめていた