韓国釜山で難病、不治の病の患者を治療されている先生に対して日本の方々にご紹介しようと、私の経験を日本語に翻訳して韓国人だけでなく、福島原電事故により 放射能汚染被害者を含んだ日本の方々にもお知らせしようと思います。
先生に治療を受けながら私に起きた変化、疾病の原因と治癒過程を患者さんに知らせることで、 私が受けた大きな御恩を少しでもお返しするために、この内容を共有しようと思います。疾病の 苦痛を抜け出して、少しずつ私の思い通りに生活する姿を見て嬉しがる先生を見ながら、より 一層先生の治療を多くの方にお知らせしようと決心しました。私は、現在46歳の男性で釜山に 住んでいます。学校で教師として勤めましたが、長く患った持病を克服することができなくて、 7年前に早期退職するしかなかったのです。
私が高等学校に入学してから、始まった筋膜の痛みで病名も原因も分からないまま、私の苦痛が始まりました。朝に登校しようと上り坂の道を歩いて上がればどうしようもないほどに後頭部がすごく熱くなって、水道で頭を少し濡らせば少しましなようでした。中学校の時までは学校で友達とよく 付き合ったが、高等学校に入ってからは友達がいなかったです。学校後ろの山に行って一人でお昼にお弁当を食べて、放課後遅くまで一人で自習をした後、家に帰ったりしました。心の中で成績以外には外部とのすべてを遮断したまま周辺に起こる事に一切無関心でした。
今にして思えば、どうしてそんなふうにできたかと思うぐらいに自閉狀態にあったようでゾッとします。体育の時間には一人で平行棒をするとか、片わきで寝たりしたし、模擬試験の2限目で数学の試験の毎に頭が割れるように熱が出てとても大変でした。現在、治療を受けて回復してみると、私を客観的に見るが出来て、当時脳の中に脳橋の過負荷状態であったらしいという先生の説明が胸に迫まり響きました。卒後、石のように感じられた後頭部、肩、首、首から下の脊椎部位の苦痛から拔け出したくて、多くのことを試みました。マインドコントロール、手足の針、指の気功、ピラミット, 断食、座禅、丹田呼吸、ESP超念力、ストレッチング、アバタ(意識開発プログラム名)、玉、ヨガ、足マッサージ。20代から体に良いという文句や広告を見れば、試食するとか、直接して見るとか学ぼうとした理由が窮屈な苦痛から拔け出したくて、いつ死ぬかも 知れないという恐怖が常に心の中にあったためのようです。甚だしくは手で首に線を画きながら、頭自体がなかったらと切に望んだし、指で銃の形を作って頭に当てながら自殺する振りをしたりしました。
先生に治療を受けながら苦痛から一つずつ拔け出せるようになり、病気の原因と進行事項及び深刻性を感じるようになってどれだけ幸いかと思っています。身体の各機関で外と中からのびる すべての神経は、頭に集まるようになるので、交差点地点である生命中枢の脳橋が過負荷に なれば、感情中枢と小脳にも影響を及ぼして、パニック障害、不安障害、鬱病などを誘発するようになって、脳機関自体は感覚を感じることができないので、感覚がある筋膜で認知されることが筋膜の痛みとなる事を先生を通じて分かるようになりました。治療を受けながら、治った以後の変化した内容を科学的に説明してくださった点に満足しました。症狀のみを好轉させるよりは、 病気の根源を解決したがる患者もいたためです。
初期には、個人治療を一週間に二度してくださったし、後からは一度に、後半部には他の一部の患者と共同で治療を受ける方式になって、他の人々の治癒過程と変化を直接見聞きするようになりました。50代の癌患者、30年来のリュウマチの痛みを患っていた70代の女性、全身がアトピー肌である 30代の男性、怒り調節障害を患っていた30代の女性、恐怖症を患っていた30代の女性、パニック障害を患っていた30代の女性、脳疾患を患っていた30代の男性、50代の男性で中風患者、交代性に麻痺生後100日赤ちゃん、雷電症40代の女性、30代のクプラ結石症患者、あごの関節の痛みがある患者などです。ソウル、水原、仁川、江陵、清州、大邱、密陽など遠くから治療を受けるために来る方々もいました。70代の女性は、階段で転んでから、リュウマチと繊維筋肉痛により30年間ひどい苦痛の中で暮らしたし、2年前 からは病状がひどくなって、片方はびっこをひいていたが、治療を受けてから約4ヶ月以後からは正常に歩いているのを毎週見ます。30代の女性は大邱から来るのですが、脳の中の誤作動に よる恐怖信号で呼吸をする事が恐くて、息ができなくて、死の淵まで行ったが、先生にお会い して新しい生活を暮すようになったし、癌患者は初めて治療を受けてからは、もう癌が心配では ないと安心したし、一月余り後、心臓が強まりながら痛みの强度と頻度が減り始めたし、約2ヶ月以後からは、痛みが多く消えたし、生存力が生ずるようになりました。
脳疾患を患っていた30代の男性は、病気を直すためにして見ないことがなくて、行かなかった所がないくらいに最善をつくして来たので、先生の治療に対する紹介文だけを読んでも治療を確信したが、苦痛を受けた期間は非常に長いが、病気が治る速度は一番早い患者です。全身の アトピーで気苦労も多かった30代の男の方は、治療後完治されて、周囲の人から好かれる人になりました。30代のあご関節痛<s>み</s>の患者が、初めての治療で30%好転したと二度目の治療を受けに来た日、直接聞きました。脳腫瘍による放射線 治療の後遺症でひとりでは起きることができないし、歩くこともできない50代の女性の方が夫の 切実な要請で治療を受けるためにソウルから家族と一緒にマイカーで來て初めての治療を受けた日、助けなしに自ら立ち上がって夫と一緒に非常に喜んだりしました。
上に言及した患者たちの病名はそれぞれ異なるが、癒された部位は、中枢神経系-生命中枢、感情中枢、知性中枢-で、損傷された神経と血管が復旧されて、過負荷された脳回路が安定化されながら、血液が正常供給されて痛みと疾病部位に大きな変化が起きたという共通点があります。治癒過程で患者に発生する共通した現象は、電気と麻痺です。麻痺は口から出る場合、話すことができない位出たし、手には指が自らよくひろがらないほどまで出たりしました。治療の末尾にいつも鼻で呼吸を150回以上<s>に</s>させたが、約30回くらいする時から電気が出るのが感じられます。その時から呼吸するのが大変です。先生が肺を動かして空気を最大限入れなさいと言う時、電気がたくさん出るのだが、この 瞬間が何なのかよく分からないが、病気と分離した状態で自分の意志で詰まったところをあける過程であるようです。そして脳回路を活性化、正常化させる仕上げの段階であるようです。そのように全力をつくして呼吸を150回までしてからは、指が中に巻き込まれた状態で非常に硬直しているのを見るようになります。(何分かたつと、麻痺はすぐ解けます)。
脳の中が硬直した程度が手足にそのまま現われるのに、呼吸直後に頭の中が非常に清々しく 軽いです。血液がよく入ることを清々しいと感じるとおっしゃいました。出て道を歩いて見れば、 <s>身</s>体が軽くて動きが柔らかくなったことを直ぐに分かるようになります。現代人は大脳(知性中枢)を過度に使いながら、神経が詰まるとか損傷されながら血管が詰まるようになって、血液供給がよくできないところが麻痺するとか損傷されて、該当の神経と繋がれた各臟器にも問題が発生する 原理と癌が生じた身体部位は、表に現われた現象に過ぎないという、先生が以前に言った お話が一致しました。特に呼吸直後に頭と全身の変化が一番著しいです。脳回路の深い所 (無意識)から過電流が出ながら後頭部、尾骨の順序で熱さを伴った電気的痛みが出たりする ので、足に下がって抜けながら、その痛みはなくなるようになります。たまねぎの皮をむくように表に層が復旧されれば、中の層が現れました。後頭部の筋膜の痛みがある部位周辺が先に開けられながら、頭と顔、足と手に電気がたくさん出て、痛む部位に近付いて入って行きながら、後頭部で熱いながらも刺すような痛みが出たし、その分痛む部位が減り始めました。後には、後頭部深くの延髄部分で震るえる振動が出始めたし、その振動が耳までつながりながら、後頭部の 周辺から電気がたくさん出ました。
初めの治療で非常に驚いて、あわてたのは、手も觸らなくて道具も使わないのに<s>身</s>体に大きい 変化が起きたからです。完治した後、先生の治療原理に対して勉強をするようになったが、[心が<s>身</s>体を治療する]との本で、陽磁場治癒と心の細胞再生能力及び実際に治療事例を確認したし、[バイタルクエスチョン (Vital Question : 生命はどのように誕生したのか?]の本で、本質は エネルギーとして、すべての生命体は稲妻と立ち並ぶ高圧電流により生命を維持しているという 文を読んで、治療過程で電流が出る理由を少しずつ理解するようになりました。現代医学は、 人を物質の固まりだけと見るが、量子医学では、心と重畳された連結體と見ます。先生も心は 脳回路信号の全体の流れでありエネルギー體で実際に存在し、<s>身</s>体は有機体なので特定部位に問題があると引き離すとか、坑癌治療をすれば、それほど打撃を受けるとおっしゃいました。
脳は、損傷された回路を自ら復旧することができる潜在力を持っているので、固定観念、傷など心の壁が下ろされれば、眠っていた無意識の幕が開いて再生能力が稼動され始め ます。心の力を過小評価することは自らを物質の固まりに過ぎないと心に刻んでおくことと同じだと思います。
治療の後、痛みの変化はまるで20年間一度も動かなかった石板を少しずつ削るようでした。表から中へ、外から中心に移されて行きました。肩を押さえる重い状態が非常に軽くなったし、脊椎 4番と5番の間が何か詰まって、背中から首、肩まで非常に苦しくて大変であったが、その古い 症状が消えました。授業の後、首が非常にこちこちになって大変で常にストレッチングやマッサージをしてもらわなければならなかったが、治療を受けながら非常に柔らかくなって、首の重さが ほとんど感じられなくなりました。なによりも驚くべきことが、頭の方なのだが歩きながらふと首が なくなったように軽くて、四方に開けた状態であったこともありました。大変であるから痛みを無くそうとしたし、脳の問題とはほとんど考えて見た事がなくて、良いというさまざまな事をして見ても、瞬間的で表層的な症狀緩和くらいにとどまったのです。性慾も脳の中から続いて出る信号なのに、 そのまましなければ気が狂いそうだったし、慾にしたがってすれば犯罪になるので、勤めながら とても大変であったが、先生から治療を受け終わってからは、欲求信号がほとんど出なくて生活するのがとても楽になりました。一度は、いまの職場で一緒に働く同僚が怒ったが、私の体の 筋肉は緊張しないで、心は浮き立つのも沈むのも搖れるのも影響されなかったです。心が生きていながらも強い状態でした。
これが先生が私にしてくださった治療です。<s>身</s>体を長年の痛みから抜け出すようにしたのも感謝 するが、ストレスや環境変化の中で薬に賴らない生存力、強い脳回路を作るのを治癒の目的とした心と努力に尊敬と感謝を申し上げます。毎回治療を受けるうちに、中に傷んでいた問題が 体の外の痛みとして出たが、それを克服するように導いてくださりながら、胸の力、心の力が 大きくなったし、呼吸する時、最後までやりこなすように意志を引き出してくださらなかったら、一生を病気の奴隸になって、軟弱に生きて行くしかなかったはずです。先生は各疾病の核心をご存じで、症狀のみならず病気の根源が表層に現われるようにして、真剣勝負を繰り広げる方です。現代病は、大部分が脳から来る病気だとおっしゃいます。頭は感覚がなくて、最悪の状態に なったからこそ病気が現われるのに、道理から外れて自分の利得のみを思って、自身を立てる 存在感に中毒した脳は過負荷によって、いつかは回路以上が起きるしかないのです。退職後、勤めた学校に立ち寄ったが、号泣しながら、“私があの時、職場をやめなかったら、中風に なって病床に就いているようになったな”という気がしました。治療することができなければ、ストレスや神経性と患者のせいにする風土よりは、病気を治すとか、病気を克服する強い脳回路を作る ことに、最善をつくす名医は珍しいこの頃です。完治した患者として経験した変化を短い文で 説明したが、長たらしい敍述は不必要で治療を直接一度受ければ自ら分かるようになります。