何年振りになるだろうか、5歳の次女と2人で遠出してきた。
次女の5つ年上の長女がスポ少に入ったため、土日は練習だの大会だので埋まってしまい、そもそも少ない家族でのお出掛けの機会が激減したのだ。
今年の夏休みも長女のスポ少で次女は出掛けると言えば近所に住む祖父母の家。
さすがに、かわいそうだと思い、一念発起して隣県の水族館へお出掛けしてきた。

片道2時間。
まずイルカとアシカのショーを観覧。
立ち見席しか空いておらず、肩車や抱っこで対応。
私に抱っこされるのに慣れてない次女は居住いが悪いのかモジモジと動く。
私、イライラし始める。

ショーが終わり、ショー観覧者が一斉に水族館内を散策。
人混みで私パニクり始める。
足早に周遊。
立ち止まって水槽の中を眺めることもなく…

はい、終了。

本当なら、イルカのジャンプにスゲーとか歓声を上げてハシャギたいはずの5歳児。
水槽毎に立ち止まって、云々かんぬんしたいはずの5歳児。
お土産コーナーで物色したいはずの5歳児。

ゴメンね。

俺には君と2人で歩くのは無理だ。

帰宅してから誰にも報告する様子もない。
お姉ちゃんに自慢したいはずの5歳児。

やっぱり楽しくなかったよね。
俺、イライラしっぱなしだったもんね。
ごめん。




答えはそこにあったのだ。

等価値であるという本質を知った。


すべてはこれを迎え入れるための準備だったんだと。


宮崎虎之助の言葉を借りるに

『神が人になったのは、人が神になるためである。』

『神とは個の中に存在するものだ。』


今、ようやく解釈できました。

The hand you wanted to join was yours
It was the hand that I could tell everything by hand grip
You are not anyone else, it is you.
I wanted to stay by side forever.

The voice you wanted to hear was yours
It was that voice that passed through my ears and wrapped it in my body
Everything is irreplaceable from encounter
I will stay forever in this heart Thank you