「絵里!」

勢い良く一人娘の部屋のドアを開ける。

しばらく会話を交わしていない強面の父親が部屋に飛び込んできて絵里は反射的に勉強机の前の椅子を立った。

「どうしたの、お父さん」
小さな目を見張る絵里は、まだ無化病のことを知らない。

「よく聞いてくれ、ママがな」

「お母さんが?」

そうか、もう絵里は祥子のことを『お母さん』と呼んでいるのか。

「お母さんが、消えたんだ」

「家出したってこと?」

そうじゃない、と言いかけて口をつぐむ。

そのことを告げて、絵里はどうなる?

母親が消えたということを知ってしまうよりも、家出をしたと思っている方がこの子にとって良いだろう。

「ああそうだよ、家出だ。いなくなった」

さあ、これから先、どうやって里奈と自分にごまかし続けようか。

妻を正体不明の病気で亡くした男の不幸は、一人娘に嘘をつき続ける苦労に変わった。