7/29に告知を受け、9/16に亡くなりました
ほんの1ヶ月半、たった50日の闘病でした
母が亡くなったことを伝えると
ついこの間会った時はお元気だったのに、と大変驚かれる様子を見ていて
改めてこの病気の恐ろしさを思い知りました
みなさんに見送っていただき、葬儀も無事に終えた今、母を思うと さみしい ツラい 悔しい
ごめんねとありがとうが交互にやってきますが
すこしずつ穏やかな気持ちになっていければなと思います
***
退院後の母は
ステントを入れても食欲は戻らず
食べれない・飲めない で目に見えて衰弱していって
前日からは足が浮腫んでトイレまで歩くのも無理になり、紙おむつをしていたそうです
紙おむつから漏れるほどの下血をして、病院に電話したら休日で先生がいないので休日診療に行ってください、と言われたようですが
休日診療でも専門の先生がおらず
連休明けに受診するように言われて帰されたそうです
その日の夜
はー、はー、と苦しそうに息をした後
フッと呼吸が止まり、救急車を要請
自宅でAED、蘇生処置をしながら搬送
救命到着後も心臓が2回止まったそうです
私が病院に着いた時はその処置を受けているときで
「次に止まったらどうしますか?」
「会いたい人には連絡してください」
と看護士さんに言われました
救命の先生が言うには
かなりの下血があり、心臓が2回とまってるのでマッサージをトータル1時間はやっていて
肋骨はすべて折れているし
おそらく脳にもダメージがあります、と
今はつぶれてしまった肺に無理矢理空気を入れてふくらませて、心臓が止まらないように点滴を入れている状態
本人に意識はなく、痛みは感じていないと思う
ここから劇的な回復は見込めないので
あとは心臓が止まるまで、ということになりますがどうしますか、と
父も私も
これ以上はもう、十分です、、と答えました
その後、母に会えたのですが
「おかあさん、来たよ」と声をかけると
閉じていた目をカッと見開いて何か呟いてるように見えました
挿管されてるせいで口が動いているように見えたのか、ほんとのところはわかりませんが
この突然カッと目を見開くのは、寝返りと同じ不随意運動だそうですが、夜中に何度もあってその度にビックリ、こちらの心臓にものすごく悪かったです
次に主治医のチームの若い先生が来て、前記事のDNARのことを聞きました
若先生にしたら
もう助からない患者に心臓マッサージをして肋骨が全部折れてるとか
本人の希望に関係なく呼吸器がつけられたこととか
DNARがあれば、もっと穏やかな最期にできたのに、という思いがあったようでした
確かに…、
意識もないのに、無理矢理呼吸させられ
点滴で心臓が止まらないように
100前後の心拍数で動かされてるのを見るのは
本当に可哀想で
もういいよ、と止めたい衝動にかられました
が、夜勤で朝まで来られなかった兄は
意識はなくても、まだ温かい母に触れられ
心臓が止まる瞬間そばにいられたことが良かったようです
***
なんでこんな急なことに、というのは
おそらく
母のカラダの中でガンの勢いが増していて
血液にのってガン細胞が全身に回り
その上TS-1で正常な細胞もダメージを受けて
全身多臓器不全のようなものだったのではないか、と説明されました
血栓もあって、それが肺に飛んで呼吸が止まったのだと思います
父が「お母さんが息をしてない」と気づいたあの瞬間に、母の魂は抜けてたのだと
自宅で静かに死にたいという母の希望は叶ったのだ、と
そう考えるしかありません
***
同じ病気、同じステージでも
経過はお一人お一人違いますので
どうか皆さまの大切な方の治療が奏効しますように
また、どうか1日も早く
苦痛のない治療法が見つかり
「治る病気」になりますように
これまでお読みいただき
ありがとうございました