ふたり目のきゅーちゃんが生後1か月になるまで
あと1週間を切った。
そう、新生児を卒業して乳児になるのだ。
この「新生児」という時期が
いかに儚く短い期間かとひとり目のぴーちゃんの時には気づけもしなかった。
子どもの成長はたくさんの別れがあって
そしてはじめましての喜びもある。
ぼーっとしていたら
あっという間にすぎていく。
あっという間に、思い出に変わって
写真や動画の中での出来事になってしまう。
手脚をビクッと反射させる動き
まだお母さんのお腹の中にいるのかと
思っているのか、ぎゅっと縮こまろうとする脚
まだ産声と同じような泣き声
ふにゃふにゃの首
日々変わるお顔つき
ただただ、生きる本能でママのおっぱいを
探して必死に泣く姿
人間の命のはじまりをこんなに間近で
肉眼で見ることができるなんて
なんて幸せなことなんだろう。
もう体重は生まれた当初より1Kg増えた。
けど、まだまだお腹にいた時の状態に近い。
お腹の中にいて、お腹を蹴ってくれたあの時
早くお顔が見たいと楽しみにしてたいたあの時
その赤ちゃんを今腕に抱えていると思うと。
なんて幸せなんだろう。
なんて不思議なんだろう。
眠たくても眠ることができずにしんどい毎日だけど
こんなにも眠ることが惜しいとは。
眠ってしまえばこの貴重な姿を見逃してしまうから。
日々、お顔つきがしっかりしてくる。
おっぱいの吸い付きも強くなってくる。
ああ、しっかり成長している。
生きるために強くなっていく。
すごく、すごく誇らしくて嬉しいと共に
消え去って行く昨日の君の姿に寂しさを感じる。
きゅーちゃんは、お姉ちゃんのぴーちゃんの
生まれた時の姿にそっくりで。
別の子なんだけど、
もう居なくなってしまったと思った赤ちゃん時代のぴーちゃんが帰ってきてくれたようで
何とも言えない幸福を感じる。
もちろん、きゅーちゃんは
ぴーちゃんじゃない。
きゅーちゃんとして、この子をこの腕に抱いて
とても幸せなんです。
わかってるけど、またちがう
幸福を感じているのです。
だから、また「もうひとり産みたい」
と思ってしまうのかな。
そう言っているお母さんたちの気持ちが
こうやって、分かるようになってしまった。
赤ちゃんとは
とても可愛く、尊く、儚い。
毎日を大切に、大切に、この小さな姿を
いのちの始まりを
目にしっかりと焼き付けたいと思ったのでした。