家帰ると

自分には何にも立場がなくて肩身が狭い…


ただの大学生

就職先も決まらず


かといって説明会もなく

かといって遊べず

かといって髪も染められず


このまま無言のプレッシャーで毎日を過ごすのは…

もうどうしたらいいねんなぁ!!!


自由が欲しい


行きたい企業がなくても

がむしゃらに受ける方向でいこうかな

自分のやりたいことなんてどうでもいいよ


この家で楽しく暮らしたいから



$Hacchi&maa***BLOG

「優雅な大学生活」





いや、ただの授業待ちです

琴の授業が30分で終わるので毎回4限まで暇なんです



以上、暇潰しでした

今日お母さんと初めて整体に行きました

初整体

もちろん先生と初対面




「どうしたん?!」





…(°Д°;)


私もね、NO人見知りでもさすがに初対面の人にそんな事言われないよ?


hacchi「え?」

整体先生「血流れてないやんかー」



?!

hacchi「え?!」

整体先生「いや、血流がうまく流れてないんやろうなぁー顔色悪いし疲れてるやんか。なにかあったんか?」

hacchi「…????」

お母さん「実はね…」


おばあちゃんが亡くなった経緯を話した


整体「そっかー。彼女そこで全力投球したんやわ。頑張ったんやね、優しい子やわ、この子。顔色見てすぐわかるわ。よう頑張ったな」


hacchi「…」















まだ亡くなって、1週間も経たないけど

私はまだショックが抜けてなかった

急な死とあっという間の式


たった1週間の出来事



たった1週間なのに

地に足が着かない状態だった


どうしたら元気なんて出るのだろうか

周りはピンピンしてるし

私だけこんな状態なのかなぁーなんて思ってて

なんとなく化粧をしてなんとなく行ってみた整体だったけど


体に出てるだね

すぐ見抜かれちゃった



そんなに優しくないのにな…

でも、あの1週間知らぬ間に頑張ってたんだね


そっかー

そうだよね…



私が元気出さなきゃ!



自分を少し取り戻せた











整体中。

hacchi「うぅぅ…・゚゚・(≧д≦)・゚゚・。痛いよー!!!!!!」

整体先生「気のせいや!」



感動後は先生に痛めつけられました。



お久しぶりです。


この一週間は長くて短くて辛くて忙しくて

今日やっと落ち着きました




私にはおばあちゃんがいます

お家は関西で私のことを1番面倒見てくれた人です

でもおじいちゃんが亡くなってからおばあちゃんの病気は悪化しました

アルツハイマー

「頭の中の消しゴム」で有名な病気ですよね

でも1番アルツハイマーを綺麗に描かれているのは「明日の記憶」という映画です

興味ある方は見てください


記憶が亡くなっていく病気

って思う方もいます

けど記憶だけなんかじゃないんです

動く事も感情もなくなって最後は食べる事も忘れてしまうんです

自分が何者なのか

と考えるわけじゃない

もう生きていることがわからない

それがアルツハイマーの恐ろしさです



初めはおばあちゃんも道を間違えたり

人の名前を間違えたりしていくだけでした

私のことも忘れて実の子供である母のことも忘れて

最後はなにもわからなくなりました


普通の生活もできなくなって

入院生活が始ります


ただ寝ているだけで何もしない

でもそれだけでも生きていれればいい

母はそう言いますが

私はそれで幸せなのか、ただ死を待つだけじゃないの?

そういう疑問があちこちと浮かびます


やっと母と同じ気持ちになれたのは

おばあちゃんが本当に体が悪くなってから


大学3回生です


普通は体調がおかしかったら顔にでますよね

でもおばあちゃんは感情がないからわからないんです

それで手術が遅れたりその後の経過がうまくいかなかったり

落ち着いたのは今年の5月初めでした


でも、一瞬で悪化したのは肺炎でした

それが今週の初めです


月曜日の夜、お父さんの車で家族4人で病院にいきました

今日がやまだと言われたから

集中治療室でたくさんの機械に囲まれておばあちゃんはいました

声を掛けたら顔をじっと見てくれました

容態も安定してて今回も大丈夫なんだと思ってその日は帰りました


火曜日の夕方、また4人でお見舞いに行きました。

実は昨日の悪いバイキンは増えていて退治しきれていない

最終手段を使って駄目だったらもう命はない

でもその最終手段というのは凄く強力で無理をしたらそのまま亡くなる

選ぶのは家族の方です

病院の先生からそう説明を受けました

1番上の長男さんはそれでも助かる方法があるのならと言いました。

私はその後ろで大泣きしてしまいました

なんとなくわかってしまった…


親戚の集まりの日記を読んだ方は、わかると思います。

母方は1人は東京にいますが、あとは関西です。

長男家の家族も全員呼ばれました。

もちろんまだ中1と小5の従兄弟である2人も

8人でずっと待機していました

母は東京にいるとし兄に「仕事とどっちが大切なの?」

と怒ったように言っていて怖くて

中1のゆういちと小5のよしの面倒を見たり

自分自身に余裕がなかったです


夜11時30に呼ばれました

回復の見込みはありません、側にいてあげてください

肺炎ってこんな一瞬で命を奪ってしまうのか

もう衰弱していくおばあちゃん

呼吸は乱れるだけ

皆で声を掛けていました

ありがとう、ありがとう


朝4時15分

おばあちゃんは永遠の眠りにつきました


私はしっかりしなきゃという想いがあったから

主観と客観の目で周りを見ていました



それはドラマのワンシーンのようで


ドラマ以上に暖かくて


先生方も看護婦さんも目が潤んで

本当に大切にされていたんだなって思った

でもあとで話を聞いたら

家族に囲まれて皆さんが呼びかけている姿をみて目が熱くなりました

といっていました

それほど皆で気持ちが1つになれたのかな


おばあちゃんって本当に幸せなの?

その答えが初めてわかった

だって、私達のこと、絶対わかってたでしょ?

私1番近くにいたから聴こえたよ

話してたでしょ

言葉にはなってなかったけど、でも何か言ってたね

名前呼んでも振り向いてくれたよね

全て記憶がなくなってたなんて嘘だよ

どこかで覚えていたんだ

最後に皆に囲まれて幸せだったよね

そのために生きていたんだよね

幸せだったら…いいな





お通夜、お葬式…そして、今家にいます。

夢かもしれない

夢だったらいい

でもやっぱり記憶はあるんです

でも、記憶があるって大切なことですね


お葬式は自分でも信じられないくらい泣いてしまって

1番泣いてしまいました

その後もずっと泣いて

ただ泣いて

おばあちゃんとの思い出がありすぎて

自分にとってどれほど大切な人か感じました


私、良い孫じゃなかったよ

おばあちゃん孝行1つも出来なかったよ

ごめんね、ごめんね…

もっと色々出来たかもしれないよね

だって私のこと覚えてくれてたんだもん




長生きしてくれてありがとう

これからも近くにいてね








今なにも考えることできなくて

ただただ日記を書きました


長文でごめんなさいね

書いたらスッキリしました

ブログまた再開していくのでよろしくお願いします(・∀・)



更新できなくてごめんなさい

ちょっと周りが慌ただしくなっています


今から病院に向かいます


落ち着くまで更新できないと思いますが

今後も見てくださいね。