肩身が狭いってこういうこと?家帰ると自分には何にも立場がなくて肩身が狭い…ただの大学生就職先も決まらずかといって説明会もなくかといって遊べずかといって髪も染められずこのまま無言のプレッシャーで毎日を過ごすのは…もうどうしたらいいねんなぁ!!!自由が欲しい行きたい企業がなくてもがむしゃらに受ける方向でいこうかな自分のやりたいことなんてどうでもいいよこの家で楽しく暮らしたいから
整体で回復今日お母さんと初めて整体に行きました初整体もちろん先生と初対面「どうしたん?!」…(°Д°;)私もね、NO人見知りでもさすがに初対面の人にそんな事言われないよ?hacchi「え?」整体先生「血流れてないやんかー」?!hacchi「え?!」整体先生「いや、血流がうまく流れてないんやろうなぁー顔色悪いし疲れてるやんか。なにかあったんか?」hacchi「…????」お母さん「実はね…」おばあちゃんが亡くなった経緯を話した整体「そっかー。彼女そこで全力投球したんやわ。頑張ったんやね、優しい子やわ、この子。顔色見てすぐわかるわ。よう頑張ったな」hacchi「…」まだ亡くなって、1週間も経たないけど私はまだショックが抜けてなかった急な死とあっという間の式たった1週間の出来事たった1週間なのに地に足が着かない状態だったどうしたら元気なんて出るのだろうか周りはピンピンしてるし私だけこんな状態なのかなぁーなんて思っててなんとなく化粧をしてなんとなく行ってみた整体だったけど体に出てるだねすぐ見抜かれちゃったそんなに優しくないのにな…でも、あの1週間知らぬ間に頑張ってたんだねそっかーそうだよね…私が元気出さなきゃ!自分を少し取り戻せた整体中。hacchi「うぅぅ…・゚゚・(≧д≦)・゚゚・。痛いよー!!!!!!」整体先生「気のせいや!」感動後は先生に痛めつけられました。
おばあちゃんお久しぶりです。この一週間は長くて短くて辛くて忙しくて今日やっと落ち着きました私にはおばあちゃんがいますお家は関西で私のことを1番面倒見てくれた人ですでもおじいちゃんが亡くなってからおばあちゃんの病気は悪化しましたアルツハイマー「頭の中の消しゴム」で有名な病気ですよねでも1番アルツハイマーを綺麗に描かれているのは「明日の記憶」という映画です興味ある方は見てください記憶が亡くなっていく病気って思う方もいますけど記憶だけなんかじゃないんです動く事も感情もなくなって最後は食べる事も忘れてしまうんです自分が何者なのかと考えるわけじゃないもう生きていることがわからないそれがアルツハイマーの恐ろしさです初めはおばあちゃんも道を間違えたり人の名前を間違えたりしていくだけでした私のことも忘れて実の子供である母のことも忘れて最後はなにもわからなくなりました普通の生活もできなくなって入院生活が始りますただ寝ているだけで何もしないでもそれだけでも生きていれればいい母はそう言いますが私はそれで幸せなのか、ただ死を待つだけじゃないの?そういう疑問があちこちと浮かびますやっと母と同じ気持ちになれたのはおばあちゃんが本当に体が悪くなってから大学3回生です普通は体調がおかしかったら顔にでますよねでもおばあちゃんは感情がないからわからないんですそれで手術が遅れたりその後の経過がうまくいかなかったり落ち着いたのは今年の5月初めでしたでも、一瞬で悪化したのは肺炎でしたそれが今週の初めです月曜日の夜、お父さんの車で家族4人で病院にいきました今日がやまだと言われたから集中治療室でたくさんの機械に囲まれておばあちゃんはいました声を掛けたら顔をじっと見てくれました容態も安定してて今回も大丈夫なんだと思ってその日は帰りました火曜日の夕方、また4人でお見舞いに行きました。実は昨日の悪いバイキンは増えていて退治しきれていない最終手段を使って駄目だったらもう命はないでもその最終手段というのは凄く強力で無理をしたらそのまま亡くなる選ぶのは家族の方です病院の先生からそう説明を受けました1番上の長男さんはそれでも助かる方法があるのならと言いました。私はその後ろで大泣きしてしまいましたなんとなくわかってしまった…親戚の集まりの日記を読んだ方は、わかると思います。母方は1人は東京にいますが、あとは関西です。長男家の家族も全員呼ばれました。もちろんまだ中1と小5の従兄弟である2人も8人でずっと待機していました母は東京にいるとし兄に「仕事とどっちが大切なの?」と怒ったように言っていて怖くて中1のゆういちと小5のよしの面倒を見たり自分自身に余裕がなかったです夜11時30に呼ばれました回復の見込みはありません、側にいてあげてください肺炎ってこんな一瞬で命を奪ってしまうのかもう衰弱していくおばあちゃん呼吸は乱れるだけ皆で声を掛けていましたありがとう、ありがとう朝4時15分おばあちゃんは永遠の眠りにつきました私はしっかりしなきゃという想いがあったから主観と客観の目で周りを見ていましたそれはドラマのワンシーンのようでドラマ以上に暖かくて先生方も看護婦さんも目が潤んで本当に大切にされていたんだなって思ったでもあとで話を聞いたら家族に囲まれて皆さんが呼びかけている姿をみて目が熱くなりましたといっていましたそれほど皆で気持ちが1つになれたのかなおばあちゃんって本当に幸せなの?その答えが初めてわかっただって、私達のこと、絶対わかってたでしょ?私1番近くにいたから聴こえたよ話してたでしょ言葉にはなってなかったけど、でも何か言ってたね名前呼んでも振り向いてくれたよね全て記憶がなくなってたなんて嘘だよどこかで覚えていたんだ最後に皆に囲まれて幸せだったよねそのために生きていたんだよね幸せだったら…いいなお通夜、お葬式…そして、今家にいます。夢かもしれない夢だったらいいでもやっぱり記憶はあるんですでも、記憶があるって大切なことですねお葬式は自分でも信じられないくらい泣いてしまって1番泣いてしまいましたその後もずっと泣いてただ泣いておばあちゃんとの思い出がありすぎて自分にとってどれほど大切な人か感じました私、良い孫じゃなかったよおばあちゃん孝行1つも出来なかったよごめんね、ごめんね…もっと色々出来たかもしれないよねだって私のこと覚えてくれてたんだもん長生きしてくれてありがとうこれからも近くにいてね今なにも考えることできなくてただただ日記を書きました長文でごめんなさいね書いたらスッキリしましたブログまた再開していくのでよろしくお願いします(・∀・)