気がついたのは
復活、そしてこれから気持ちの悪いことを書きます
終戦記念日に考える
71年前、私の母方の曽祖母と大叔母は、先の戦争で命を落としました。
兵隊にとられた祖父は台湾での抑留から引き揚げ、我が家に帰り着き、真夜中に家の戸を叩きましたが出てきたのは親戚のおばさんでした。
その時初めて、祖父は母親と妹の2人が亡くなった事を知りました。
祖父は何の為に戦ったのか。なぜ国のために青春を奪われ、家族を失ない、故郷を離れなければならなかったのか。
いま日本には、状況によっては戦争も辞さない、と言う考え方が広まりつつあります。
首相は「世界情勢の変化」という言葉を度々繰り返します。
諸外国が日本や欧米諸国からの植民地支配や、戦争の被害と混乱から復興を遂げ、経済的にも軍事的にも成長し、また、民族間、宗教間の抗争が再燃している状況を脅威と指しています。
その中でいま日本がやるべき事は、軍事的に守りを固めるだけでしょうか?
戦後も冷戦という厳しい時代を乗り越えて来ました。その中でも当時の外交は、国交正常化のために大変活発でした。
日本にはアジア諸国を戦争に巻き込み、多くの命を奪った責任と、戦後の復興で経済成長できた先進国として、ふたつの責任を負っています。
アジアの発展と平和のために、一層外交力を発揮し、対話と理解を深めるべき時ではないでしょうか。
あの頃の祖父をはじめ、多くの日本国民は、世の中の流れや権力に声を上げて抗う事が出来ませんでした。
それは情報もなく、平和と安全を求める信条も権利に対する知識もなく、さらに暴力を恐れたからです。
いま、私たちは街に出て、平和と安全を求めて声を上げる事ができます。自分たちの国がどんな国であって欲しいのか、話し合い、選挙で意思表示する事もできます。
私たちは、戦場に散っていった若者たちに代わり、『国家』のためではなく、世界の中の一人ひとりの命を大切にするために、テレビから流れてくる政治家の言い分をそのまま鵜呑みにするのではなく、考え、行動しなければなりません。
1945年8月15日が、永遠に終戦の日であり続けるために、世界中で戦争が終わりを遂げるまで、
私はこれからも多くの事を学び、できる限り声を上げ続けようと、気持ちを新たにしています。
最後に。
【普通の人間は戦争を望まない。しかし国民を戦争に参加させるのは簡単で単純だ。
国民には攻撃されつつあると言い、平和主義者を愛国心に欠けていると非難し国を危険にさらしていると主張する以外には何もする必要がない】
ナチスドイツ ゲーリングの言葉
日本はいま正にこの様な状況にあります。
1945年のこの日、第二次世界大戦が終了しました。
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