言葉は言霊といわれるように人の魂が乗り移って相手に伝えることができますよね


時に相手を幸せにし、そして時に死にまで追い詰めることも出来る。

人は言葉によって意志を伝え合います
言ってしまえば、言葉に完全に依存しています

アイコンタクトとか、以心伝心とかいう言葉もありますが、そこまで築き上げるにもやはり言葉を遣っているはずです。

だから、人は言葉の遣い方には、細心の注意を払わなくてはなりません

自分は大したことじゃないと思っていても相手には物凄くデリケートな言葉で傷つけてしまったなんてことは誰にでもあると思います

でもそれって…

どうしようもないことってあると思いませんか?
だって相手の何が心に引っ掛かるのかなんて解るわけないですよね

それを気にして話していたらもう何も言えなくなってしまいます

確かに気遣い合うことは人間関係の中で最も大切なことだけど、

もし私が人から自分が気にしていることを言われたとしても、それを指摘したりは絶対にしません

たまに第三者に対して、まるで自分が一番の被害者のように話す人がいますが、その気持ちが私には本当に理解できません

傷ついたならそれを素直に本人にもう言わないでねって言えばいいじゃないですか

指摘ではなくてお願いです

言われなければ分からないんですから…

そうやって築けた人間関係なら壊れることは無いような気がしません?

つまりは、言葉の力は絶大で、私たちはそれを上手く利用出来れば、時に勇気をもって言いたいことも言ってみれば、イイコトあるかもってことを言いたかっただけでした。笑
きがむいたら物語とか書いてみようと思います

完全な自己満なんでおきになさらず長音記号2にひひ
人は本能と理性を両立することで人間関係や社会での生活を上手く過ごしていると思います

でも時に、本能と理性の狭間でどちらに従えば良いのか選択に迷い揺れ動くこともあるのではないでしょうか

そんな時、あなたならどうやって答えをだしますか

例えば、この箱は開けては駄目と言われていても、どうしても中身が気になる時、あなたはどうしますか?

見たことがわからなければ開けても大丈夫と思って見てしまった時、後になってなかを見てしまった罪悪感にさいなまれしまったらどうやって心を整理すれば良いのでしょうか


見なければ良かったなんて後の祭りですよね。

あなたなら本能を優先して後に後悔してしまった時、どうするでしょうか?