死ぬ前、そう一ヶ月前に下血のようなもので入院したとき、年齢的に深い検査はできないといわれた。
そのことについては異論はないし、文句もない。
ただ思うのは、そのときすでに、余命はきまっていたのではないかということ。
その後おかゆをほんの少し食べられるようになっただけで退院したのだが、それはさしたる大きな病気の原因などはなく、自宅療養しか道がない、つまりは死に向かっているので見守ってくださいといういみだったのだと、「今は」思う。
ただ、当時は、ゆっくり体調をもどして、また「いつもの」生活になっていくものだと思っていた。
老衰には余命なんて宣言しないのだから、もしそれを知っていたら、もうちょっと穏やかな、叱咤激励なんてことなしに、つまらないほど日常のことで笑いあっていられたのでないか。
医師の長尾氏のコラムを読んで、心から納得した箇所がある。
引用しておこう。
例えば、本当に末期の方の場合、過度な点滴や栄養剤は不要どころか苦痛を増すだけです。終末期の脱水を許容すると、やせて枯れていきます。脱水を自然なこととみて上手に見守ることができれば、大きな苦痛を伴わずに穏やかな最後期を迎えることはできるんです。
自然に枯れることができれば鎮静はほぼ必要ありません。脱水が自然の麻薬の役割をするのです。しかし、こんな単純な事実は医療界でほとんど知られていません。
退院してきて3日目には食事が摂れなくなった。
下痢が下血に変わっていった。
水をのみこむのも危うくなりとろみ材をつかっても一口しか飲めなくなった。
在宅医の先生は高カロリーの缶詰ドリンクなどを出してくれたが、訪問看護師に無理やり飲まされてから下血がひどくなったので、拒否するようになった。
つまりは亡くなる10前くらいから、明らかに口からの摂取ができなくなってきて、下血は止まらないし、亡くなる前日の在宅医の先生の判断は点滴をしないと、3日くらいで亡くなると思われるとおっしゃったのだった。
そこで私と弟は覚悟を決めて家で看取ることを決意する。
と言っても、一週間くらいだと思っていたのだが。
宣言された日に、心配した弟が母と布団を並べて寝たその夜に亡くなったのだった。
前述の長尾医師のコラムからもう一か所を記憶に残すためにも引用しておきたい。
病院では終末期の患者さんにも毎日約2リットルの高カロリー点滴を行うことが普通になされています。でもそうすると、胸水や腹水がたまって苦しくベッドの中で溺れたような状態になる。だから今度は胸水や腹水を抜いたり、酸素吸入、鎮静となる。するとせきやたんが出て眠れない。
その結果、鎮静剤投与のような、本来は必要がないような介入が起きてしまうことがあります。つまり過剰な医療こそが、鎮静をせざるをえない要因になっているのです。
点滴をしていたら、苦しみがきたに違いない。
そして、2日くらいは生き延びたのかもしれない。
それよりもよく考えるべきなのは、身体自体がもうほんとうにもろくて壊れてきていて、「枯れ木が水を吸わないように」ただしく死に向かっていたということだ。
母は苦しくないと言った。ときどき水を頂戴といった。うめくこともなく、ふうと息をついたりして、夜中に知らないうちに息が止まっていた。
管につながれてなく、自然に逝けたのだから、と自問自答している。
ただ、死ぬ前の最後の入院は、死を恐れるあまりに、病院にすがり責任転嫁しようとしていた私の責任=覚悟のなさだったんだな、と今しみじみと思うのである。