ママが亡くなってから もうすぐ2ヶ月が経とうとしている。
ママが死んだら次の日に ぴたりと止まる予定だった私の心臓は止まることなく今もしっかり動いてる。
亡くなってすぐは お姉ちゃんががっつり落ちてしまったのと逆に 私は元気だった。
いつママが死んでしまうかわからない恐怖と
看取りきることが本当にできるのか、逃げずに見送れるのかという
言いようのない不安やストレスが大きかったぶん、無事看取れたことで、肩の荷が少しおりたような、語弊があるけど 仕事をやり終えたような感覚で、私はすぐ元気に生活できていた。
幸いな事に、細々夜勤していた保育園と 前職の会社から仕事をするチャンスをもらって、
すぐに働きだしていて 慌しく時だけが過ぎていって、でも仕事あることで救われていた。
でも だんだんダメになり、一ヶ月前後には 完全に調子が狂いだし、
仕事している最中以外、電車でも、スーパーでも、歩いていても気がつくと涙が出ていて、
ひどい時は気がつきもせず 周りの視線で初めて自分が泣いてることに気がついたり・・・・・
家に帰っても ママの遺骨の前から立ちあがることができないまま2時間経っていたり、
「しっかりしなくちゃ」とわかっているのに 心がついていってくれなくて苦しかった。
泣いてばかりいると どんどん思考もマイナスになり、ママに言った一言や あの時あーしてればな・・・とか、
後悔の念にも襲われて、お手上げ状態に。
『お母さんは 幸せだったと思うよ』
『お母さんは ひろが笑顔で元気に前向きに生活することを願っているよ』
『お母さんは 見守っているよ』
人に言われる言葉に 助けられることもあったけど、
私の気持ちは誰にもわからないと心を閉ざし、
ただただ ママがもう存在しないという事実が悲しかったし受け入れられなかった。
3年前の家族写真には全員揃って笑っているのに、 たった2年も経たない間に両親がいなくなるなんて
わけがわからなすぎた。
49日を控え、納骨するということは ママが本当に我家からいなくなってしまう。
たとえ 遺骨であってもそこにいてくれる今はまだ幸せだと、納骨が恐くて悲しくて、平常心保てるのが不安だった。
前夜、ママの骨壷を抱きしめて 近くに感じながら一緒にお部屋にいられる最後の夜を過ごした。
そして49日。お寺さんと目があうと涙腺が即解禁されてしまうので、
親戚も私に対し 多大な心配をしているぶん、元気でいなくてはと気を引き締めていた。
納骨の時がきて・・・・・・
先に眠っているパパの骨壷の隣に ママの骨壷が並んだ。
その姿がとてもかわいらしくて。
姿はかわってしまったけど、2人ぴったり寄り添って並ぶ姿を見たら、
心がすーーーーっと暖かい気持ちに包まれた。
ママとパパ また隣で寝られるんだね![]()
よかったねぇ![]()
って 悲しみではなく、ほっこりした気持ちに包まれた。
みんなも 微笑んでいた気がする。
「私も頑張るから見守っていてね」って 初めて素直に思えた。
49日からは もう涙も引き締めて、前を向いていかなくちゃ と目標にしていたので、
私なりに もう一度 がんばっていこうと 思う。
これから先、きっと様々な時に 両親がいない悲しみに襲われると思うし、
一生傷がいえることはない。
でも 時が解決する部分はあるはずだし、泣いていても現実は変わらないのだから、
前に進む意外道はない。
ママとパパにもらった命を当たり前と思わずに、大切に。
生きていることへの感謝を忘れずに。
一日 一日 を丁寧に過ごしていきたい。
そして ママを思い出すときって 必ず 笑顔のママが目に浮かぶように、
誰かに私を思い出してもらったとき、 泣いている姿でなく 笑顔の私が浮かぶように、
ママみたいな 女性になれるように 頑張りたい。
ママとパパ 近くで見守っていてください。