ヱとらの合言葉は、
『みんなちがうから、みんなすごい!!』 です。
今日はその意味について説明します。
っていうか、それを言うなら、『みんなちがって、みんないい。』(by金子みすゞ)でしょ。って言いたくなる方!!!
そーですね!そうなんですよ!!
『みんなちがって、みんないい。』
この言葉、わたしも大好きなんです。ひとりひとり、得意不得意があるよね。できることとできないことがあるよね。つまり、それが個性なんだよ。ひとりひとりに個性があっていいよね。
という、まさに、『多様性を認め合おうよ』という価値観がこの言葉に凝縮されているわけです。
『多様性を認め合う社会をつくること』これがヱとらの目的です。
前回の記事で、
『多様性に感謝する社会をつくること』 にパワーアップしましたが!!
逆に多様性を認め合えないとどうなるのか。
争いが起きます。
―戦争は正義対悪ではなくて、正義対正義だ―
と聞いたとき、なるほどと思いました。
ある立場からは正しい、とされることでも、反対の立場に立つ人からは、悪になる・・・またその逆もしかり。
ものごとを正しいか間違っているかで判断することは、結局は争いを生むのです。
争いのない平和な世界を目指すには、やっぱり、
『みんなちがって、みんないい。』
の価値観が必要になってきます。
ただ、少しひねくれた見方かもしれませんが、
『みんなちがって、みんないい。』だと、なんとなく、
“本当はみんな同じがいいけどね”
っていうニュアンスが含まれているように感じるんです。
ほんとは同じ方がいいけど、まぁ、ちがってていいよね的な。
きっとそんなつもりはないと思いますが。
ヱとら的にアレンジ(パクってないです、参考にしただけで)したのが、
『みんなちがうから、みんなすごい!!』
なのです!!
前回、多様性について書きましたが、わたしたちの考えでは、この地球上に多様な生物がいるからこそ、わたしたち人間は豊かな恵みが受けられる、(この世が人間だけの一様性だったら、わたしたちはウン〇まみれになって死ぬんでしたね)のと同様に、人間も、多様な価値観やものの見方、容姿、人種、国籍、文化、好き嫌い・・・など、全てにおいて、ひとりひとりが、ちがうからこそ、ひとりひとりに唯一無二の存在価値があると思うのです。
だから、『ちがって』というより、『ちがう“から”』こそ、この世の中が素晴らしいものになると思うのです。
さらには、ものごとを、いい・わるいで判断することもまた、結局は争いにつながると思うのです。
いい・わるいというのは、すごく主観的なものの見方です。
ある人にとってはよくても、ある人にとっては悪いものだってこともあります。
『過ぎたるはなほ及ばざるが如し』
ということわざがあるように、どんなにいいことでもやりすぎはよくないとも言えます。(わたしの姉は学生時代に納豆の食べ過ぎで大豆アレルギーを発症しました・・・治ったようですが)
だから、そこに替わる言葉は・・・すごい
すごいって
[形][文]すご・し[ク]
1 ぞっとするほど恐ろしい。非常に気味が悪い。
2 びっくりするほど程度がはなはだしい。並外れている。大層な。
辞書にはこんなふうに書いてあるんですね。わたしも今知りました(笑)
わたしたちが使う『すごい』はちょっと違います。
素濃い
つまり、 素が 濃い
素とは、素朴、素直、素っぴん、という言葉があるように、飾らない、そのまんまの状態であることを指します。
それが、濃い
つまり、
そのまんまの状態が色濃く出ていること、そのものの本質が出ている状態。
ヱとらで使う すごい! とは、その人、そのものの本来の姿、その人らしさが全面に出ていることが、すごい!なのです。
取り繕ったり、偽ったりせずに、ありのままの自分が出せて、それが認め合える社会がわたしたちとっての理想です。
だからこそ、
『みんなちがうから、
みんなすごい!!』なのです。
文責 曽我 はづき