女が亡くなったシーン、病室から葬儀客席に行くという、予め次女が湯かんに入れてくれという。
葬儀屋に頼んで入れてもらったが、風呂に浸けるなり血液が残っていたのが出てきて湯かんが濁った。
握りこぶしを死体の下に入れていた洗って掛かるお客様が外見をしかめてこちらの加減をうかがった。
だいたい、床ずれで皮膚が?がれていたところに残っていた血液の群衆がにじみ出た来たのだろう。
も、職員は丁寧にしてくれて死体も綺麗になった。
後は子どもたちがメークアップをしてくれて外見も生きているような感じにまでなった。
死んだ時は、見られない外見だったが、さっぱりして良かった。
ここまでは良いのだが、後祭壇の装飾方法から、間仕切り方法から逐一口出しして来るのは決まって子ども陣で裕福な売り物ばっかり。
金を出すのなら良いのだが、財は出さずに口ばかり押し流す。
喪主が葬儀屋といった相談して良かろうとしているのに、後から後からという口出しして生じる子ども陣には閉口やる。
まず最初は宗派の違いがあるのだから宗教はお寺ちゃんに任せばいいのだが、参るのはそのお寺ちゃんが出しゃばって加わる状態、余計にツイートが可笑しくなりややこしく上る。
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お寺ちゃんもただお経をあげて受け取るだけでいいのだが、説教から始まって、お寺ちゃんの後方に座っていてもさっぱり後方に目線があるみたいに焼香のことにまで口出してきた。
これも弱る現象この上なし。
葬儀に出場やるお客様も色んな宗派のお客様もいるのだからつい自分の宗派のとおりしてしまい引っ掛けるお客様も掛かる。
その人は特別逆らったりしていないから良いのに、お寺ちゃんまでがなんだかんだ買い取りを通して現れることがあった。
これも困りもんだ。
葬式が終わって打ち上げの時には、いつの間にか外に降って要る雨量に死んだ奥様の涙雨かとほろっとして涙声で一礼すると、「その涙は死んでくれてうれし涙か・・・」なんて言われてしまったことがあった。
色んな人が来てくれて要ることはうなづけるが、あんな失礼なことも葬儀という断定は情況ではこんな所見も出てくることがある。
