やり手ばばあとは、遊女の管理、営業を担った女性のことを云うのです。
その昔、男が遊廓で遊ぼうとすると 先ずやり手ばばあとの交渉があって 相手の遊女 その値段が決められたと云うのです。
何らかの事情で 遊女に身売りした女性ですから、年季が開けるまで自由が奪われその人生を強要されたのですから 多少の喜びはあったにしろ 多くは苦しみと悲しみと恨みだったと思います。
福島県いわき市に今も、苦界に沈んだ遊女の魂が安らかであれと傾城神社があります。
福島県知事選挙が始まりました。
前福島県知事が放射能汚染物質の中間貯蔵施設受け入れを決めた時、県知事とやり手ばばあが 重なり合いました。
福島県民と遊女が重なり合いました。
普通 こういった施設の受け入れは 地元の地権者 地域住民の同意が得られてから県知事が受け入れをすべきものと思いますが 先ず県知事がそれを受け入れたのです。
やり手ばばあが 遊女に代わってその営業をしたのと何らかわりがありません。
福島県民は 遊女に身売りしてその自由を奪われたのと何らかわりない。やり手ばばあにその人生を管理されるのと何らかわりない。
放射能汚染が無くなるまで 放射能を枕に寝るわけで 借金が無くなるまで年季が開けるまで 男を枕に寝る遊女と 苦界のさまは、一緒でないか。
除染、復興とは いうが 私の所有地浪江町小丸の敷地は 平均3393万べクレル/㎡のセシウム137で汚染されてます。この数値は 記録上 チェルノブイリ事故を上回る歴史上最大の汚染です。
この汚染状況を隠して放置して 放射性チリを全国に撒き散らして 国民の健康を害するのが明白なのに、何処が除染で何処が復興かと思います。
これほどの県土と魂の蹂躙が有るかと怒ります。
私も福島県民も苦界に身を沈める御女郎さんではない。
県知事も苦界を取り仕切るやり手ばばあではないはずです。