白馬岳杓子岳白馬鑓ケ岳
Mt.Hakuba

Mt.Shirouma

Mt.HakubaYarigatake
平成15年。2003年。今から20年前。還暦。満60歳のとき。なんか月も前から体調を整え、気力を高めてきた。白馬三山を縦走し、自分の体力を確かめたかった。8月13日。早朝。迎え盆をした。盆中、家を留守にするのは、数十年来初めてのことであった。妻と2人。1日かけて長野県白馬村和田野の森に行った。2日間、車を預かってくれる宿を予約しておいた。翌朝5時出発のタクシーを予約した。14日はあいにくの雨。タクシーは5時30分。登山口の猿倉に着いた。3千円だった。猿倉荘で簡易アイゼンを借りた。村営猿倉荘は標高1250メートル、収容人数200人。6時に登山道を登り始める。1時間で白馬尻に着く。白馬尻で朝食をとった。村営白馬尻荘は標高1540メートル。収容人数200人。雨の中を1時間歩いた。きちんとした建物で温かい食事ができたのは、ありがたかった。8時前に白馬尻を出発。白馬尻から15分程度歩く。いよいよ日本3大雪渓の一つ。白馬大雪渓である。長さ約2キロメートル。最大幅約100メートル。標高差約600メートル。圧倒されるほどの大きさである。

大きなクレバスもある。緊張感が高まってきた。登山靴にアイゼンを装着した。雨は止まない。気持ちを引き締め、覚悟して、雨中の大雪渓登山が始まった。登山に慣れた人でも2時間かかる。遙かに続く大雪渓を仰ぎ見て心高鳴り、登り来し登山道を振り返り感嘆する。クレバスに滑り落ちないようにストックをつく場所に注意を払う。浮き石を踏まないように登山靴の歩をスプーンカット状のへこんだ部分を捜しながら踏みしめて行く。登山経験豊かな親族から「雪渓の上を音もなく落石が滑り降りてくる。絶えず上を見ながら登り、雪渓の上でのんびり休憩し過ぎないように。」と言われている。立ち止まったまま軽い休憩をとり、心をこめて登り続けた。本格的な雨の中であっても、色とりどりの登山者の列が続く。心強い。風もある。薄手の白い手袋はすぐに濡れ、手が冷たくなる。防水・防寒の手袋に変えた。10時過ぎ。葱平（ねぶかっぴら）に着いた。下界は猛暑だというのに、風雨は冷たくみぞれのような感じである。待望のクルマユリやシロウマアサツキが冷たい体を勇気づけてくれる。岩塊が目立つ曲がりくねった急な登山道を登り続ける。ここが白馬岳丸山下だろうか。小さな雪渓に出た。細心の注意を払いながら横切った。この登山の後、2005年。平成17年8月11日。山頂ドームの一角が崩落したとの心痛む報道があった。12時前に村営頂上宿舎に着いた。標高2730メートル。収容1000人。立派な建物である。温かい昼食をとった。白馬山荘まで晴天なら20分程度。風雨は冷たく激しい。意を決して稜線を白馬山荘に向かった。視界も無い。身をかがめ、妻と手をつなぎ、吹き飛ばされないようにして進んだ。小さなケルンの風下で身を休め、同じ白馬山荘に向かう登山者と励まし合いながら進んだ。1時30分頃、白馬岳南西直下の白馬山荘に到着した。標高2830メートル、収容人員1500人。予約した個室は2畳だった。2人分の濡れたリュックや衣類を置く場所を工夫するのが、一苦労である。夕食は三交替。鴨肉の薫製。干物風の魚。みそ汁。野菜。ご飯。達成感と安堵感でいっぱいである。ロビーのテレビで、気象情報を見た。翌日も全国的に雨のようだ。翌朝になっても天候が悪かったら、今回は白馬三山縦走を取り止めようと心に決めて眠った。

白馬岳

翌15日早朝、雨は止んでいた。白馬岳の山頂ドームが霧の中にぼんやり浮かんでいる。時々霧も晴れて、視界が広がる。3千メートル近い急峻な岩峰。岩壁のあちらこちらの雪渓。緑の山肌と色とりどりの高山植物。朝食前に白馬岳山頂にドムに登った。標高2930メートル。山頂一帯が神々しい別世界である。心の奥底からなんともいいがたい感情が湧いてくる。満60歳の白馬岳山頂。天に与えられるこれからの命に思いを寄せた。やり遂げたいことがまだ少しある。山頂の東面は崩壊地。

イワカガミ。

タカネナデシコ。

風衝地帯のお花畑を楽しみながら、白馬山荘に戻って朝食をとつた。
白馬岳から杓子岳へ　7時過ぎ。白馬山荘を後にする。白馬杓子岳と白馬鑓が岳に登って、鑓温泉小屋までの行程である。ガイドブックや山岳地図を手にしてはいるものの、絶対の自信は無い。白馬山荘付近からは、本格的な登山姿で三方にパーティーが出発していく。「鑓温泉小屋方面に行くんでしょうか。」「はい、そうです。」「後をついて行ってもいいでしょうか。」「いいですよ。」私たちは、秋田から来たという女性一人を含む数人のパーティーの後をついていくことになった。心豊かで温かい人たちだった。

2768メートルの丸山を経て、1時間30分程で杓子岳山頂に達した。標高２８１２Ｍ。付近の砂礫地にはコマクサが群生していた。天候も回復し、急峻な山腹の雪渓や雪田に感嘆しながら、快適な縦走となった。稜線のなだらかな登山道近辺・崖下のくぼみ・ガレバなどに、紫色系統のチシマギキョウ。イワギキョウ。ヒメシャジン。ミヤマアケボノソウ。赤い系統のヨツバシオガマ。ミヤマシオガマ。ミヤマアズマギク。ムシトリスミレ。タカネナデシコ。白い系統のキヌガサソウ。

シコタンソウ。クモマグサ。クモマミミナグサ。タカネツメクサ。イワツメクサ。ウメハタザオ。トウヤクリンドウ。黄色い系統のイワベンケイ。タカネスミレ。キンコウカなどが咲いていた。期待以上の百花繚乱の世界である。天候は、ときおり晴れ間がのぞきそうにまで回復していた。
白馬鑓ケ岳　さらに約1時間稜線を歩き、鑓が岳2913メートルの山頂に達した。ここから知人に携帯電話がつながった。関東地方一帯は本格的な雨ということだった。平地は雨でも高地は降っていないことがときおりあるのだ。ここから稜線を40分前後歩き、さらに1時間前後下山したところに、クルマユリが群生していた。お花畑で有名な大出原だった。

さらに1時間ほど下山して、午後1時頃、鑓温泉小屋に無事到着した。標高2100メートル。収容1500人。私たちは、ここでゆっくり昼食をとった。山上の出湯に入った。鑓温泉小屋から3過ぎの下山は、強く自粛を求められている。明るいうちに下山できないし、疲労も蓄積する。救助の必要が生じる可能性があるのだそうである。秋田の方々はここで昼食をとった後、2時前に下山していった。明るいうちに下山しただろうか。感謝しながら、一行の無事を祈った。2時頃、。宿泊する区画された場所に行った。まもなくして新潟県長岡のご夫婦。暗くなる頃京都のご婦人がお1人。同じ区切りの宿泊場所に来た。1人1畳あるかないかのところに、5人で川の字になって眠った。今日も5時間以上歩いた。日のあるうちからぐっすりと眠った。3時頃、目が覚めてしまった。明け方にはまだ時間がある。ヘッドランプをつけて、鑓温泉浴槽まで降りていった。一人で温泉に入った。

天高く星がまたたいている。無上の幸福感である。今日も雨無しで下山できそうだ。露天温泉の下には、テントが5張りあって、青や赤の光が漏れていた。若い2人連れがテントからやってきて、温泉の端で足湯をしていた。温泉を出た後、雲海の彼方から登り来る暁光を撮影することができた。16日は下山である。下りだから今日は楽だろうと思っていた。しかし、雪渓を幾つか渡ったり、沢のような岩場を鎖に体を託して下りたりした。キンコウカの黄。イワギキョウの紫。初めて目にしたヤマルリトラノオの花。たった一本、瑠璃色の花が、登山道の風にかすかに揺れていた。あまりの美しさに息を飲んで撮影した。

水滴に濡れた白花ヤマホタルブクロの花。白馬で見ると一段と美しい。この日も期待以上の高山植物に出会い、撮影することができた。4時間以上歩いて猿倉荘に到着。温かい昼食をとり、タクシーで車を預けてあるペンションに戻った。翌17日。松本市。茅野市。麦草峠。上信越自動車道。関越自動車道を経由して帰宅した。1日遅れの送り盆をした。祖先の御霊に旅の無事を感謝し、天上の別世界を報告した。

四季　山の奥　花の細道

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Mt.Hkuba白馬