日記のような物 -4ページ目

日記のような物

日常の、ささやかな琴線に触れたことを綴ります。
ゆったりのんびり(*^^*)

羽生結弦さんが能登半島復興支援チャリティー演技会に出演されたのを配信を購入して拝見しました。
私の大好きな四人のスケーター、その演技を
楽しみに見られるのが嬉しいと配信を購入しました。このことが誰かのお役に立てるのが
嬉しかったです。
チャリティーTシャツも購入しました。

ショーのような照明演出は無し、
華美にショーアップした従来のアイスショーではなく、スケーターの演技をありのままとどける
「演技会」としたことで、その演技から伝わる暖かな寄り添い、優しさ、労りがダイレクトに心に響きました。

あと、経費を抑えて、可能な限り寄付に回したいというお気持ちも嬉しかったです。

終演後の囲み記事で、羽生さんはオリンピック二連覇した上でその知名度を生かしてやれる事の一つとして被災地支援にあげて、それがいま少しずつできるようになってきたという主旨の発言をされてます。
(もちろん五輪二連覇は、羽生さん個人の目標でもあったでしょう。)
今、10代の頃から思い描いていた事をまっすぐに実践に移す姿、尊敬します。

見逃し配信期間、大切に見返したいと思います。

追記9/21
囲みインタビュー全文書き下こし
能登半島復興支援チャリティー演技会~挑戦 チャレンジ~


告知





配信ページ 9/30まで購入見逃し配信可能です。

https://lemino.docomo.ne.jp/contents/Y3JpZDovL3BsYWxhLmlwdHZmLmpwL2dyb3VwL2IxMDIxYzY=?pit_git_type=LIVE_SINGLE #Lemino 

羽生さんはじめスケーターの皆様、運営の皆様

ありがとうございました。


リハーサルの記事

https://x.com/sportshochi/status/1835046256726675842?s=46&t=pGb5AZvTCAb9De4lvnHKJw

 

 


終演後、囲み記事

毎日新聞さん 

配信でもこの地で滑る意義を羽生さんが語ってます。

リンクサイド:羽生結弦さん「この場所から皆さんの元に届けって思いながら」 | 毎日新聞

引用 <地元で取材していると、能登の地震が風化しているようにも感じています。今回羽生さんたちが滑ること自体に意味があったと思いますが、改めてその思いと、「ハイドロブレーディング」の深さについて>

 羽生さん そもそもこのプログラムはあのぐらいつけるものなので、特にすごく深い意味があるわけではないんですけど、やっぱりこの土地、ここ周辺はすごく大きな被害があった場所ではないですけれども、地方としてすごく、すごく大きな被害があった。もっと大きく言ったら、ここの周辺の地面が大きく揺れたということもあって、何か静まってほしいなという気持ちもありました。

 能登の震災の風化についても、僕ら「3・11」のこともそうですけれども、どんどん、どんどん、首都圏から離れているからこそなかなか報じられることもないですし。進展があれば一つニュースになったりすると思うんですけど、なかなか復興が進みにくい場所。また道路に関してもすごく交通制限が普通の場所よりも大きいということもあって、大変なんだろうなということを、僕自身、ニュースや実際に足を運んだ時にも思いました。

 なかなか風化に対して僕らが何かすることは難しいんですけれども、それでも、先ほど言った(ように)、僕は震災の支援をしたいと思って、やっぱりオリンピック2連覇したいと思ったので、この2連覇というものを使って、また良い意味でこの知名度みたいなものを使って、今回の配信のチケットを買ってくださった方々もそうですし、注目もそうですし、ちょっとでも、ちょっとでも力になれれば良いなと思いました。

 <実際に被災地を訪れた感想と、中学生と交流した際にどんな声をかけましたか>

 羽生さん 初めてニュースとか新聞とか、画面だったり紙面だったりで現状みたいなものを何度も見る機会はあったんですけど、実際に生で見た時、こんなにもこのまま残ってしまっているんだっていう生々しさみたいなものはとても衝撃を受けました。

 僕が(復興について)進んでいる進んでないに関して何か深いコメントを言えるわけではないんですけれども、やっぱりどうしても傷痕っていうものはすごく生々しく残っていたなという気持ちはありました。

 また、地元の方々も、何か時が止まっているというか。ここでこんなことがあったんだよねっていうことを、いまだにそこに行く度に思い返してしまうというか、ここが壊れてしまったんだなということを思い返してしまうようなことをおっしゃっていたり、ここに行きたくないっていうことをおっしゃっていたりしたのも聞いて、すごく胸に刺さるもの、痛むものがあったなと思いました。

 子供たちに会った時には、「どんなにつらいことがあっても、いずれ時が来れば何かはしなきゃいけない」「どんなにやりたくなくても、どんなに進めなかったとしても、締め切りが来たら結局は進まなきゃいけない」、そんなことを言いました。震災があってから半年以上が過ぎて、何ができるかとか、どんなことが進んでいるかとか、いろんなことを考えると思いますけど。来る時は来るし、来ない時は来ないから、もう「しょうがない」って思うしかないところもありますし。でも、その「しょうがない」の中に、笑顔とかその時の一生懸命がいっぱい詰まってたらいいなって思います。

 <配信であっても、石川で滑った意味は>

 羽生さん そもそも配信という形を取った時に選ぼうと思えば他の地域で滑るということも可能でしたし、なんか本当にいろんなことをしようと思えばできたとは思います。

 ただ、やはり僕はなるべくそのつらかった方々、現在つらいと思っている方々、いろんなことで悩んでいる方々の近くでやっぱり滑りたいと思いましたし、なんか地域の力みたいなものとか、現場の空気みたいなものを僕らはすごく感じながら滑るので、その空気の大切さとか、ちょっとでもこの場所から、波動として、ちょっとでも空気が動いて皆さんの元に届けって思いながら、配信でも滑らせてもらいました。


https://x.com/sanspocom/status/1835301580297642013?s=46&t=pGb5AZvTCAb9De4lvnHKJw

 


 

https://x.com/yomiuri_online/status/1835292908116959614?s=46&t=pGb5AZvTCAb9De4lvnHKJw

 

 https://x.com/tospo_olympic/status/1835301198418542896?s=46&t=pGb5AZvTCAb9De4lvnHKJw

 

 

https://x.com/sponichisports/status/1835249717393183193?s=46&t=pGb5AZvTCAb9De4lvnHKJw

 

 https://x.com/figure_hochi/status/1835288750735384593?s=46&t=pGb5AZvTCAb9De4lvnHKJw

 

 

https://x.com/figure_hochi/status/1835280695096418343?s=46&t=pGb5AZvTCAb9De4lvnHKJw

 

 https://x.com/figure_hochi/status/1835273887611080962?s=46&t=pGb5AZvTCAb9De4lvnHKJw

 

 https://x.com/figure_hochi/status/1835256886050037870?s=46&t=pGb5AZvTCAb9De4lvnHKJw

 

 

https://x.com/tospo_olympic/status/1835300549459358141?s=46&t=pGb5AZvTCAb9De4lvnHKJw

 

東スポさんは

チャリティーTシャツの売れ行きを

 

https://x.com/tospo_olympic/status/1835300825398215079?s=46&t=pGb5AZvTCAb9De4lvnHKJw

 


 https://x.com/figure_hochi/status/1835408645796082030?s=46&t=pGb5AZvTCAb9De4lvnHKJw

 


今回の会場選びにご尽力くださった

テレビ金沢さんの常務の方のことが

書かれてます。

通年リンクのない石川県、既存の施設の氷を

前倒しで貼ってくださったのですね。

配信なら、他の地でやることもできる

でも、羽生さんがおっしゃる、その土地に行く意義をくんてご尽力感謝します。

https://x.com/figure_hochi/status/1835408645796082030?s=46&t=pGb5AZvTCAb9De4lvnHKJw

 

  

◆テレビ金沢常務が会場選びに奔走

 〇…演技会の実現へ中心となって動いたのが、テレビ金沢の常務取締役・佐藤圭一さん(55)だった。まず会場選びに苦心したという。「体育館に氷を張るには数千万円かかる。それでは趣旨が違ってしまう」。健民スポレクプラザを所有する石川県に自ら掛け合い、スケートリンクを作る時期を早めてもらった。「羽生さんのひたむきな姿、演技を見ることに意味がある。間違いなく能登の皆さんへのメッセージになったと思う」と感慨深げだった。