3.11から7年
東日本 大震災から7年経ちましたね。当日私は母の見舞いのために東北大病院にいました14:46のその時、母は病院のお風呂に入っていて部屋をあけてましたあまりにも大きな揺れに立つことも叶わず母の心配をしつつも部屋から出ることが出来ませんでした看護師さんが廊下に出ないでと声をあげていて入り口でひたすら揺れが収まるのを待つ次第やがて揺れが収まり母も部屋に無事戻ってきましたそこまではまだ良かった"大きな地震だったね"病院の良いところは非常電源があるところすぐにテレビをつけることが出来ました"津波に気をつけて"地震で起こる津波なんてーとたかを括っていた私たちすぐにその考えは覆ることとなる。テレビで流れてきたのは見たこともない巨大な津波の様子言葉を失いました目と鼻の先で起きてる事象とはとても思えなかった真っ黒な波の中に浮かぶ家や車しかも水に襲われているのに燃えている……怖いその一言でしたその後にあるもっと恐ろしい事なんて想像もできなかった思い出すのも辛いので続きはまたいつか……津波の被害のこと原発のことそして家族のことあの震災の悲惨さを伝えるにはまだ心が耐えられない