あがり症を少しだけ克服した(?) 赤面小僧の日記

あがり症を少しだけ克服した(?) 赤面小僧の日記

対人恐怖症とまではいかないけれど、人前では全くしゃべることができなかった僕。あがり症の原因を探りながら、その対策や改善の経過などを書いた個人日記です。
うーん、読んでくれる人、居るんだろうか?

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人というのは必要に迫られないと変化を嫌うもので、
結局、僕はあのときにあがり症克服のヒントのようなものは得ましたが、
その後、特に変化なく過ごしていました。

友人の結婚式から7,8年ほど経ちましたが、相変わらずのあがり症でした。
変わったのは結婚したことと、転職したことくらい。

結婚はともかく、転職はまた面接などあって大変だっただろうと
思われるでしょう。実際、僕は本当に心配していたのですが
相変わらず運だけは良いようで、今回は友人の紹介であっさり決まりました。
今回も事実上の「面接なし」です。

しかし、ここでも僕はある意味、逃げていたのかもしれません。
友人の紹介というだけで良く考えずに転職先を決めたのですから。
「根本的な改善になっていない」というあのときの彼女の言葉は、
あながち間違っていなかったのかもしれません。

転職先は当時流行っていたIT系ベンチャー企業でした。
小さな会社でしたがそれなりに活気があって好きでした。
仕事内容も面白く、毎日楽しくやっていました。

しかし、就職して3年ほど経つとあることに気が付きました。
僕だけはどこにも出張に行かせてもらえないのです。

小さな会社でしたから技術職と言いながらも半分は営業もするのが
当然でした。しかし、僕だけは純粋に技術一辺倒。
後輩たちも客先に行く中、いつも社内でプログラミングでした。

「キミは技術力はあるし、後輩の面倒見もいい。
昇進させたいんだが、客先を回る気はあるか?

ある時、当時の上司に呼ばれてこういわれました。

僕は回答に迷いました。もっと責任のある仕事はしたかったし、
今のままでは給料もあがらないのは分かっています。
それに断ったらクビになることは分かっていました。
しかし、僕が客先を回るなんて、それこそ会社に迷惑が
かかるんじゃないだろうか...。

恥ずかしながら即決できずに、僕は数日考えてから
営業の仕事もやることにしました。

小学生の頃から、幸運のためにフラフラ生きてきた僕でしたが、
ここにきてあがり症を治さなければならない状況になりました。

このころになるとインターネットも普及していたので
少しはあがり症関係の情報も入手しやすくなっていました。

それで、かなり迷いましたがまずは心療内科を受診しました。
自分で決めたこととはいえ、抗うつ薬が処方されたとき、
うつ病と言われているようで少し悲しくなりました。
#当時はうつ病に対する世間の認識も、かなり偏ったものでしたから。

当時の薬の名前は覚えていませんが、抗うつ薬はいつも飲む感じ。
抗不安薬は人前に立つときなどにピンポイントで飲む感じで使いました。
僕の場合は、特に抗不安剤は効果がありました。
声の震えや足のガクガクが完璧に止まるわけではありませんが、
話している最中でもある程度冷静でいられる「魔法の薬」でした。

客先でのプレゼンなどが続くときは、薬をいっぱい飲むときもありました。
これはこれで健康に悪そうだと思いましたが、背に腹は代えられず
多用していました。

薬を飲むと少し気が楽になることが分かったのは、
「一種の病気なんだよ。治るんだよ。」
と言われているようで、最初の頃はは少しホッとしました。

が、薬をやめるとすぐに昔の調子に戻ったので、
薬はあくまで飲んでいる間の症状を抑えるものでしかありませんでした。
少なくとも僕のもらっていた薬では、根本的にあがり症を治すことは
できなかったのではと思います。

結局2年くらい病院には通いましたが、担当の先生の勤務地が
変わったのをきっかけに、僕は病院に行かなくなりました。
次の担当の先生がどうしても馴染めなかったのです。

この頃、僕の担当は既存顧客ばかりで顔なじみになっていたこともあり、
薬に頼りすぎるのはやめようと思っていたのでちょうどよいきっかけでした。

ところで、僕はあがり症を治さなければならない状況になりました。
けれど、僕は今でも「あがり症自体は悪いことではない」
と思っています。その人の個性だと。
当人が辛いことももちろん分かっていますが。

ただ、太っている人がダイエットを試みるようなもので、
改善したい人は改善すればいいと思います。
もしも病的に太っているならば、医学の助けを借りられる。
そういうところも似ているのかなと思っています。

薬に頼るのが嫌な人も、今ではいろいろ良い方法がありますし。