パンダのぼやき

パンダのぼやき

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前日の晩から朝まで死ぬかと思うほどの激痛が襲いましたドクロ

背中から入れていた痛み止めが切れて、それはそれはもう死ぬほどの痛みダウン

幻覚で小人がたくさん出てきて私を運んでるんです。

あ~死ぬんだって思いましたよ。

ナースコールで痛み止めの点滴入れてもらっても効かなくてあせる

またナースコールして、でも時間あけないと次の薬が使えないってーあせる

あ~私はもう痛みに我慢できませんしょぼん死ぬ~

陣痛の痛みより痛かった・・・

ひたすら耐えました、今度は飲み薬です。

これで効いてくれると信じました。

でも裏切られた~痛い~

実は私、大酒のみでして・・・手術の麻酔も効くか不安だったんです。

耐えて耐えて激痛のまま朝がきました。

日曜日なのに主治医が来てくれてアップ

やっと痛みが軽減し地獄から天国に。

主人は何も知らず笑顔で面会にやってきました。

私は激痛事件を泣きながら熱く語りました。

そしてこの日から普通食音譜

これがまさか入院中最後の普通食になるとはこの時はこれっぽっちも思っていませんでした汗

この後更なる地獄が・・・神様は居ないと悟りました。

だってこの世に生を受け悪いことなどしてきていません。

強いて言うなら食べ過ぎ飲みすぎくらいはてなマーク



看護師さんや家族から名前を呼ばれ目が覚めたときは??

これから手術?

でも時計は7時過ぎてるし・・・何か息苦しい~身体が重いし死にそうな~

エッ~手術終わったんだ~とぼんやりした感じで現状把握するまでに時間がかかりましたあせるがすでに家族は、私が手術から生還したことにが嬉しいようで3人で一斉に話しかけてきて娘は号泣してるしでなんだかなんだか・・・目

2日間は回復室(個室)でした。


私は一番怖かった手術が終わってこれからは楽になれるんだぁ~って、あと2日もすれば音譜って。

でもでもここから更なる追い討ちが私の身に叫び

私の身体には様々な管がついていて(点滴・酸素・痛み止めチューブ・尿管・腹部の体液を排出する4本のドレーン汗)ガリバーじゃん。

これで25センチのお腹の傷とで翌朝から歩けとォーショック!

歩かないと術後からつけている肺塞栓予防でつけているフットポンプが外せないと。

2・3時間おきに身体の向きも変えなきゃ床ずれって。

看護師さんに付き添って頂き頑張って歩きました。

痛み止めが効いてたからこの時はよかったアップ

この日は食事は水分のみでしたがお腹もすきませんでした。

息子がバイトの帰りに寄ってくれました~音譜




こんにちはアップ

最近仕事が忙しくバテバテです汗


今日は手術について。


去年の12月5日、12時から7時間の手術をうけまいた。

当日は朝から主人と大学生の息子が来てくれました。

午前中に浣腸をして看護師さんに便の確認をしてもらい手術の準備をしました。

弾性ストッキング(肺塞栓予防)をはき手術衣に着替えてトイレを済ませ呼ばれるのをかなり緊張して待っていました。

そうそう、前日の4日に臍の中の掃除とアソコの体毛カットがありましたガーン


そして・・・

看護師さんが迎えにきました。

家族と一緒に地下1階の手術室前まで。

笑顔でお互いに手を振りましたが、もしかしたらこれで会えないかも・・・なんて不安が脳裏を横切り涙が止まらず看護師さんに涙を拭いてもらいました。

麻酔室に入ると最近耳にする音楽が流れていてオネエ系口調の麻酔科医が笑えて気持ちがなごみましたニコニコ

その頃家族は家族控室でPHSを渡され説明を受け息子は大学へ行き、入れ替わりで娘が仕事を終え来てくれてまた息子も授業を終え私の帰りを待っていてくれました。

主人は7時間ずっと私のことをPHSを握りしめて待っていてくれていたと思うと・・・今でも涙があふれてきます。

私が元気な時はお手伝いさんみたいに~ってイラッとすることばかりでした。

辛い闘病ですが家族の本当の姿がみえたとその時感じることができました。


手術は、子宮全摘術+両側附属器(卵管・卵巣)大網・骨盤・傍大動脈リンパ廓清と腹膜播種切除をしました。

正確な病理診断の結果は1か月後にでました、漿液性腺癌でステージ2C。

入院は28日間の辛い日々となりましたガーン