僕の父は大学の予備校に通っているときに、道でアンケートで勧誘され、教会に入信しました。
父は中学校くらいの頃から人生について悩み、答えを求めるべく、いろんなことを試してはもが
き苦しんでいたみたいです。
不思議なことは、何で人生について悩んでいたのかは今でもはっきりと教えてくれません。
そんなときに出会った統一教会。
何度も父の親にも反対されたみたいで、その話を何ヶ月か前に車の中で聞きました。
父はとても感慨深げに当時のことを振り返っていました。
親と教会について、自分についての話しを面と向かって話を始めたのは、
ちょうど今から1年前くらいからです。
大学に通っていたんですが、毎日のように統一教会について悩み、
悩みすぎてストレスで自律神経がおかしくなり、
その反動で顔が痛くなったり、やつれたり、匂いを感じる嗅覚があまり機能しなくなったり、
すぐ疲れやすい体質になったり、、、
まだその後遺症はいまでもあるんですが、、、
そんなことでもうこれはきちんと一回親と話さなければと思い、
親に長野に来てもらい、マックで話し合いました笑
そこで今までの心の不安感、苛立ち、自分を統一教会という檻の中で育てた恨み、
それによって生じた後遺症、、、
すべて吐き出しました。
親は初めて息子がこんなこと言うもんだから、とても驚いた表情をしていたのを
覚えています。
自分「じゃあそこまで教会が正しいって言うなら、堂々と行けばいいじゃん!!
隠すことなんて何もないでしょ??
自分たちが世界に貢献しているんなら、堂々と自分は統一教会の一員だっていいなよ!!」
父 「だから別に隠すつもりはこれっぽっちもないよ!!」
隣に座っていた小さい子連れの母親に、ガン見されていました。
母親はただ黙って、父と自分の話し合いを聞いていました。
自分がネットの情報について話を切り出すと、
「そんな情報に騙されないで!!
元信者が一番そういうこと言うのよ!!
お願いだから、、、」
そのときは母が一番言ってきました。
母は今では父が教会を信じてるから、いまだ信じられるようで、
本当は悩んで鬱になりかけた時期があったという。
そんな母は、ネットの情報ともなると、まるで信じようとすることもなく、
元信者の批判をし始めた。
自分はネットの情報のすべては正しいとは思わないが、
真実も隠されていると思う。
そこから読み取る読者の価値観によって変わってきてしまう。
親はネットで教会の批判情報を見るはずもないが
例え見たとしてもその情報を信じないだろう。
というか、信じたくないんだろうと思う。
今までの自分が全否定されるから。
されるという錯覚を持つだけなのに、、、
話し合いは終わり、何も解決しないまま親は
「体には気をつけてね」
とだけ残し、帰ってしまいました。
僕が始めて親と教会の話しをしあった時のことです。
それから親とは幾度となく衝突していきますが、
今でも親とは教会のことについては打ち解けていません。
親に抵抗、というか真実を伝えてあげる作業が
とても疲れることで、しかもたまにしか親に会えないので、
今では親は親、今は自分の気持ちをさらに観察して
もっともっと今までの毒を出してあげようという段階です。
なんかまとまっていませんが、
そんな感じです(^^)
ところで今日釣りをしてきました!!(ぜんぜん話し飛びましたね笑)
やっぱ自然と向き合うって最高です!
もうすぐボードも行きます!
楽しみだぁ~
人は日々の営みの中で、まるで見当はずれのことをしています。
人生はややこしいと決め込んでいますが、必要もないのにそうしているのは、実は
当の本人なのです。
「神なんてほんとにいるだろうか?」ではなくて、
「どうしていつもくだらないことに頭を痛くしているのだろう?」
と自問してください。
「将来は大丈夫だろうか、恐ろしいものが待ち受けているのだろうか?」ではなくて、
「今日こんなふうに惨めな思いをすることに意味はあるのだろうか?」
と考えてください。
「どうして思うように満足できないんだろう?」ではなくて、
「どうして悩みにわずらわされてばかりいるんだろう?」
と問いただしてみてください。
究極の答え、それは真の自己に沿った生き方をするということです。
私たちが真の自己の生き方をしているかどうかが、わかるという
簡単でも確かな目安があります。
それは、妄想によって生じる意識的、無意識的な苦しみから解放されている度合いです。
キリストは、これ以上ないというほど簡単な言葉で説明しています。
「あなたたちは真理を知り、真理はあなたたちを自由にする」
それは実に単純なことです。真実を知れば苦しみから解放されます。
だれも自分を傷つけないことを悟れば、誰も自分を傷つけません。
どんなに恐ろしい想像をしていても、
現実を見ていれば、基本的な自己は損なわれず、
想像も恐怖を感じさせる力を失います。
人生の視界がぼやけているために苦しんでいる現状を知っても、
絶望することはありません。
それをバネにして、精神のステップアップができるのですから。
偽りの正体を知った今、真実が入り込む余地ができたのです。
--------------------------------------------------
ヴァーノンハワードさんの本を最近もう一度読み直しているのですが、
いつも読んで感じるのは、
どこのページを開いても、
「言っていることが一貫している」
ということです。
そして、その真実に納得しつつ、勇気、気力、生きることのすごさを
感じさせてもらいます。
ほんとに彼の本に出会って、よかったなぁと。
ぜひ読んでみてください(^^)

人生はややこしいと決め込んでいますが、必要もないのにそうしているのは、実は
当の本人なのです。
「神なんてほんとにいるだろうか?」ではなくて、
「どうしていつもくだらないことに頭を痛くしているのだろう?」
と自問してください。
「将来は大丈夫だろうか、恐ろしいものが待ち受けているのだろうか?」ではなくて、
「今日こんなふうに惨めな思いをすることに意味はあるのだろうか?」
と考えてください。
「どうして思うように満足できないんだろう?」ではなくて、
「どうして悩みにわずらわされてばかりいるんだろう?」
と問いただしてみてください。
究極の答え、それは真の自己に沿った生き方をするということです。
私たちが真の自己の生き方をしているかどうかが、わかるという
簡単でも確かな目安があります。
それは、妄想によって生じる意識的、無意識的な苦しみから解放されている度合いです。
キリストは、これ以上ないというほど簡単な言葉で説明しています。
「あなたたちは真理を知り、真理はあなたたちを自由にする」
それは実に単純なことです。真実を知れば苦しみから解放されます。
だれも自分を傷つけないことを悟れば、誰も自分を傷つけません。
どんなに恐ろしい想像をしていても、
現実を見ていれば、基本的な自己は損なわれず、
想像も恐怖を感じさせる力を失います。
人生の視界がぼやけているために苦しんでいる現状を知っても、
絶望することはありません。
それをバネにして、精神のステップアップができるのですから。
偽りの正体を知った今、真実が入り込む余地ができたのです。
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三菱商事プレゼンツ FM FESTIVAL 2011 未来授業~明日の日本人たちへ
姜尚中さん
福岡伸一さん
個人的にはとても興味深いお話でした。
http://www.tfm.co.jp/fes/index.html
姜尚中さん
福岡伸一さん
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http://www.tfm.co.jp/fes/index.html
